京都大学は5月8日、奈良県立医科大学、金沢大学、滋賀医科大学との共同研究により、腸内細菌が産生する栄養(酢酸などの短鎖脂肪酸)を認識する脂肪酸受容体「GPR43」が脂肪の蓄積を抑制し、肥満を防ぐ機能を有することを明らかにしたと発表した。
成果は、京大 薬学研究科の木村郁夫助教、同・大学院生の井上大輔氏、奈良県立医科大の小澤健太郎准教授、金沢大の井上啓教授、滋賀医科大の今村武史准教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間5月7日付けで英科学誌「Nature Communications」電子版に掲載された。
エネルギー恒常性の維持、つまりは食事(食餌)によるエネルギーの摂取は、生命にとって非常に重要なことはいうまでもない。よって、ヒトの身体は必要以上のエネルギーを摂取できた場合は、後にエネルギー不足になった際の非常用エネルギー減とするために脂肪として体内に蓄えられる仕組みを持つ。
しかし、日本を初めとする先進諸国の人々の多くが過度な食事による過剰なエネルギー摂取をしてしまっており、その結果として脂肪を必要以上に膨大させ、エネルギー恒常性維持に破綻を来してしまっている。そして肥満、さらには糖尿病に代表される生活習慣病などの代謝疾患を引き起こしてしまい、大きな問題となっているのは多くの人が知るところだ。
近年、腸内細菌がその宿主のエネルギー調節や栄養の摂取などのエネルギー恒常性維持に深く関与し、結果、肥満や糖尿病などの病態に影響するということが明らかになり、食事と腸内細菌、そしてエネルギー恒常性への関係が注目されるようになって来た。
食事の際に、腸内細菌によって産生される酢酸に代表される短鎖脂肪酸は主に宿主のエネルギー源として利用される。しかし研究チームは2011年に、この短鎖脂肪酸がエネルギー源としてのみではなく、体内のエネルギー状態の指標となり、脂肪酸受容体「GPR41」を活性化することにより交感神経系を介して、エネルギー恒常性の維持に関わることを明らかにした。そして今回の研究では、この短鎖脂肪酸のもう1つの受容体であるGPR43の脂肪組織における機能と腸内細菌によるGPR43を介した宿主へのエネルギー恒常性維持への関与について迫ったのである。
GPR43は脂肪組織に豊富に存在しており、その遺伝子「Gpr43」を欠損させた「Gpr43KOマウス」は体重、脂肪重量の増加という肥満の傾向を示した。さらに、研究チームは脂肪組織におけるGPR43の機能の詳細な検討を行うために、このGPR43を脂肪組織特異的に過剰発現させた「aP2-Gpr43トランスジェニックマウス(aP2-Gpr43TGマウス)」を作製。結果、Gpr43KOマウスとは逆に痩せる傾向を示し、また高脂肪食負荷による肥満型糖尿病の誘導に対し、aP2-Gpr43TGマウスは抵抗性を示すことが確認された。
また、これらの変化がGPR43を活性化する短鎖脂肪酸の主要な産生源である腸内細菌が原因であるかどうかを確認するため、腸内細菌がまったく存在しない無菌マウスや抗生物質処置により体内の腸内細菌叢を消失させたマウスを用いた実験も実施。すると、Gpr43KOマウス、aP2-Gpr43TGマウス共に、これらのエネルギー代謝異常が消失することが確かめられた。
さらに、このGPR43の脂肪組織直接的な機能として、筋肉や肝臓などのほかのインスリン作用組織ではなく、脂肪組織でのインスリンの作用のみを選択的に抑制することもわかったのである。すなわち、GPR43の活性化はブドウ糖や脂肪酸などのエネルギー源を脂肪組織に取り込んで脂肪として蓄積することを抑え、脂肪組織の増大のみを防ぐことで、結果的に体全体のインスリン感受性の上昇、エネルギー利用効率を上昇させることがわかったというわけだ(画像1)。
従って、腸内細菌の宿主に対する重要な機能として、以下の3点が明らかとなった。1つ目が、食事時、食物より直接得られるブドウ糖や脂肪酸などのエネルギー源と同時に、腸内細菌によって短鎖脂肪酸がエネルギー源として産生されること。2つ目が、通常はこの短鎖脂肪酸はエネルギー源としてだけ使用されるが、過度な食事により過剰エネルギーが得られた時に、同様に短鎖脂肪酸も過剰に上昇すること。
そして3つ目が、この過剰に上昇した短鎖脂肪酸を認識するセンサ受容体GPR43が活性化し、脂肪組織への過剰エネルギー蓄積を抑制し、エネルギー消費の方向へ誘導し、結果として過度な肥満から起こる代謝機能異常を防ぎ、また体全体のエネルギー消費を高め、体内のエネルギー恒常性の維持に働くということである(画像2)。
以上から、腸内細菌叢による宿主の恒常性維持に働く、まったく新たなエネルギー調節機構が明らかとなった。研究チームによれば、この短鎖脂肪酸受容体GPR43を標的とした肥満や糖尿病に代表される生活習慣病に対する予防・治療薬への応用が可能であるとしている。