コンピューティングのさらなる消費電力低減を目指すNoffプロジェクト

4月16日に横浜の情報文化センターで第1回目となる「ノーマリーオフコンピューティング」の公開シンポジウムが開催された。最近のプロセサはクロックゲートやパワーゲートを行って消費電力を減らしているが、回路は通常オフで、必要な時だけ電力を使うという制御を徹底することにより、格段に消費電力を低減するというのが、ノーマリーオフコンピューティング基盤技術開発プロジェクトの目標である。

このプロジェクトは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が開発費の一部を負担するプロジェクトで、公開シンポジウムにおいてプロジェクトリーダーを務める東京大学(東大)の中村宏 教授がプロジェクトの概要と現状を講演した。

パワーゲートで電源を切ってしまえば消費電力はほぼゼロになるが、電源を切る前にレジスタやキャッシュなどの状態を退避し、電源を入れて再開するときに、それらの状態を復元する必要がありこれにエネルギーを消費する。また、これらの状態を記憶しているメモリが電力を喰ってしまっては低消費電力にはならない。

このため、ノーマリーオフコンピューティング基盤技術開発プロジェクト(Noffプロジェクト)では、電源がオフでも情報を記憶し続ける不揮発性メモリをプロセサのレジスタやキャッシュに使用することによりパワーゲート時の状態の退避、復元を不要にして消費電力を大幅に低減することを目論んでいる。しかし、不揮発性メモリはアクセス速度が遅く、また、アクセスに要するエネルギーが大きいという問題があり、単純に現在のプロセサの中の記憶素子を置き換えるということではうまく行かないという。

このため、Noffプロジェクトでは、不揮発性メモリをうまく使いこなすメモリ階層の設計や間欠動作を志向する新しいコンピューティング手法の技術開発を行う。

ノーマリーオフコンピューティングの概念と技術開発 (この記事のすべての図は、ノーマリーオフコンピューティング基盤技術開発プロジェクト公開シンポジウムの中村教授の講演資料からの抜粋)

さまざまな分野への適用を目指した研究開発プロジェクト

Noffプロジェクトは、東大の中村宏 教授がプロジェクトリーダーを務め、東大、ルネサス エレクトロニクス、東芝とロームがプロジェクトに参加している。各メンバーは東大に置かれた集中研で共通となる基盤技術の研究を行うとともに、ルネサスはスマートシティ、東芝は携帯情報端末、ロームはヘルスケア応用の開発を各社で行うという体制になっている。研究期間は、平成23年9月から4年半の予定であり、1/3が経過した時点でこの中間報告を行い広く意見を聞くために公開シンポジウムを開催した。

共通的な技術課題は集中研で集まって行い、産業化に直結する部分は各社が分担して分散研で行うという体制で研究開発を進める

現在のプロセサでは、コア単位のような大きな粒度でパワーゲートを行っているが、不揮発性メモリをレジスタやキャッシュに使えば退避、復元が不要となり、時間的にも空間的にもより細かい粒度でパワーゲートを行えるようなる。これにより消費電力を減らすことができるというのが基本的なアプローチである。

しかし、単に不揮発メモリをプロセサに組み込めば良いというわけにはいかない。まず、プロセサの1次キャッシュに使用されるSRAMほど高速にアクセスできる不揮発性メモリは存在しない。これに対して、Noffプロジェクトでは、高速な不揮発メモリの開発とコンピューティング技術でSRAMと不揮発メモリを組み合わせて遅いアクセス速度を克服するという技術の両方からアプローチを行う。

STT-MRAMなどはかなり高速であるが、キャッシュに使用されるSRAMほど高速ではない。不揮発メモリ高速化とコンピューティング技術の両面から解決を目指す

また、アイドルになったらパワーゲートを行えば、必ず、消費電力が減るというわけではない。不揮発メモリは、一般にSRAMよりもアクセスに必要なエネルギーが多く、頻繁にパワーのオン、オフを繰り返すと、かえって消費電力は増大してしまう。

不揮発メモリはSRAMより遅く、動作電力も大きい。パワーゲートでアイドル時のリーク電流による電力は減るが、損益分岐点がある。電力の増加分と削減分が同じになるBreak Even Time以上のアイドル時間が取れないと電力は増えてしまう

したがって、アクセスエネルギーの小さい不揮発メモリの開発と、動作はフルスピードで行って短時間で終わり、長い非動作時間を確保する「めりはり型」のコンピューティング技術の開発が必要となる。

アクセスエネルギーの小さい不揮発メモリの開発とめりはり型の動作を志向するコンピューティング技術の開発が必要となる

メンバーの東芝は、携帯情報端末への適用を担当し、分散研で新型超高速STT-MRAMの開発を行い、集中研では、STT-MRAMを使用するキャッシュ構成やメモリ構造最適化ツールなどの開発を行う。

東芝は超高速のSTT-MRAMとそれを使うキャッシュ構成などを開発し、従来のCPUと比べ、電力性能の10倍以上の改善を目指す

ルネサスはセンサネットワークによるスマートシティへの適用を担当し、集中研では動作をまとめて非動作時間を延ばす「めりはり型」のタスクスケジューリングなどを研究し、分散研では、はこだて未来大学と共同でノーマリーオフのデマンド交通システムの実証実験を進めている。

ルネサスは、ノーマリーオフのセンサーネットワークを用いるデマンド交通システムの実証実験を進めている

ロームはヘルスケア分野を担当し、小型バッテリとセンサをパッチで体に張り付けて、心拍、体温、心電図などの生体内情報や運動、睡眠などの生体外情報を常時モニタするデバイスの開発を行っている。

ロームは、センサとバッテリをパッチで張り付ける。小さなバッテリで2週間以上の連続使用を可能にするため、ノーマリーオフで消費電力を抑える

常時モニタといってもサンプリング周期は毎秒1000回以下であり、パワーオフできる時間が十分にある。Noff技術を使って装着者の違和感のない程度の小さな電池で2週間以上の連続動作の実現を目指すという。

不揮発メモリと言う新たな要素をプロセサに持ち込み、アイドル時間の長い携帯端末やヘルスケアセンサの電池寿命を大幅に伸ばすNoff技術の実用化に期待したい。