国立精神・神経医療研究センター(NCNP)と産業技術総合研究所(産総研)は4月25日、早産児の睡眠・身体発達を促進する光環境を人工保育器内に実現させる「調光型光フィルター」を開発したことを発表した。
同成果はNCNP精神保健研究所・知的障害研究部・診断研究室の太田英伸 室長と、産総研サステナブルマテリアル研究部門・環境応答機能薄膜研究グループの田嶌一樹 主任研究員らによるもの。詳細は2013年4月26日付(米国時間)で米国科学雑誌「Applied Physics Letters」に掲載される予定。
近年の研究から、早産により低体重で生まれた赤ちゃんに対して、24時間同じ明るさで育てるよりも、1日のうち一定の時間が暗い(昼夜のある)環境で育てると、より体重が増加するということが報告されている。そうした早産児は妊娠28週目ぐらいから光の明暗を感じるようになるものの、早産児が入れられる新生児集中治療室(NICU)は、治療などの必要性から夜間も完全に暗くしない病院もある。
今回、研究グループが光が成長発達に与える影響のメカニズムの解明に向け、早産児の視覚特性を調べた結果、早産児の眼球においては従来から知られていた光受容体であるロドプシン・コーンオプシンは未成熟で十分に機能せず、近年発見された光受容体「メラノプシン」が主に光情報を処理することを確認。この結果を受けて、今回、メラノプシンが感じる光を制御することが可能な「調光型光フィルター」を開発したという。
同フィルターは、産総研・サステナブルマテリアル研究部門・環境応答機能薄膜研究グループが研究開発を行っている「調光ミラーデバイス」をベースに、透明性を有する赤色、あるいは黒色に変わり、場合により鏡のような状態になるというもの。室温でスパッタ法により作製できるため、基材としてガラスだけでなくプラスチック素材も用いることができ、人工保育器内の光環境の制御だけでなくさまざまな用途に応用できる特徴がある。
また、同フィルターの色合いは、フィルターを構成する多層構造(調光ミラー層(金属)/触媒層(金属)/固体電解質層(酸化物あるいは有機物) /イオン貯蔵層(酸化物))に含まれる金属の種類・割合により決定でき、今回の研究では早産児の視覚特性である早産児眼球の光受容体が感じる光を制御することを目的に、マグネシウム・イリジウム合金薄膜を用いたフィルターが作製された。これは、研究グループのこれまでの研究から得られた、妊娠40週目くらいまでの赤ちゃんは波長600nm以下の光を主に近くするという知見から、その600nm以下の光だけを遮断することができるというものとなっている。
同フィルターの原理はというと、イオン貯蔵層中に水素イオンを蓄えており、印加する電圧の極性(プラス/マイナス)に応じて水素イオンが移動することで状態が変化するというもの。調光ミラー層に向かって水素イオンが移動するように電圧をかけると、調光ミラー層と移動してきた水素イオンが反応して、金属水素化物に変化し、赤系統の透明フィルターを実現できる。また、透明性や色相・濃淡は材料組成、印加電圧の大小や時間によって制御することができるほか、この変化は可逆変化であるため極性を反転させて電圧を掛けることで、調光ミラー層中の金属水素化物から水素イオンを脱離させ、調光ミラー層を元の金属に戻すことができる。
なお研究グループでは、同フィルターを実際に人工保育器に適用してみたところ、夜間、医療従事者が外から保育器内の赤ちゃんの様子を確認できるが、内部の赤ちゃん側からは暗闇にいると感じ、睡眠発達・体重増加が促進されることを確認したとのことで、これにより、今後、早産児にとって最適な光環境を電源のオン・オフだけで提供できる新しいタイプの人工保育器の開発が可能になるとしており、早産児の発達を全般的にサポートできるようになり、従来の新生児医療の水準をさらに底上げできるようになると期待されるとコメントしている。