産業技術総合研究所(産総研)は4月22日、光と熱の作用により、可逆的に結晶相-アモルファス固体相の相変化し、これを光記録に応用できる有機材料を開発したと発表した。

同成果は、同所 ナノシステム研究部門 スマートマテリアルグループ 木原秀元研究グループ長らによるもの。詳細は、米国化学会誌「ACS Applied Materials & Interfaces」オンライン版に掲載された。

図1 今回、開発されて光記録材料。相変化によりパターンが記録できる。(a)パターンの原版として用いた金属製のしおり、(b)ガラス基板上で薄膜化した材料に、原版を通して紫外光を照射して書き込んだパターン

有機材料は、金属材料に比べ軽量かつ柔軟であり、溶媒に溶けやすく加工プロセスが簡便であるという利点も持っている。また、合成的手法により材料の物性を緻密にチューニングできる点でも優れている。特に、近年、有機トランジスタや有機太陽電池、有機ELなどオプトエレクトロニクスの分野で、有機材料への期待がますます高まっている。このような有機材料の特性を十分に発揮させるために、その相状態(固相、液相、結晶相、アモルファス相など)をいかに制御するかが1つの重要なポイントとなっている。例えば、室温において、結晶相とアモルファス固体相を光によって制御できれば、これらの相における光物性の違いを利用して、相変化型光記録メディアの記録層などへの応用が期待できる。しかし、実際にはそのような目的にかなう有機材料はほとんど知られていなかった。

産総研はこれまでに、光化学反応を起こす有機分子に着目し、それらの分子を化学修飾することによって、さまざまな機能を発揮する有機材料を開発してきた。例えば、光異性化反応を起こすアゾベンゼンを基に、室温下で可逆的に固体-液体の相変化をする材料を開発し、光接着剤などへの応用を提案している。今回の研究では、光二量化反応と熱戻り反応の両方を起こすアントラセンを、材料の鍵となる部品として用いて、可逆的な相変化を示す有機材料の開発が進められた。

実際に開発された有機材料は、試薬として入手可能な出発物質から2段階の簡単な反応で合成でき、得られた材料は室温で結晶相を示した。この材料を融点(約150℃)以上に加熱しながら紫外光を照射したところ、2つの分子のアントラセン部分同士が結合して二量体を生成したが、この二量体は室温に戻しても結晶化せずにアモルファス相のまま固化した。一方、この二量体は100℃付近までは安定であるが、約200℃まで加熱するとアントラセン部分をつなぐ結合が切れて元の材料に戻り、再び結晶相となることが確認された。

図2 (a)開発された有機材料と(b)紫外光照射により得られる二量体の化学構造

同材料は、結晶相とアモルファス固体相では、光の反射率や複屈折が異なるため、それらの違いを情報記録として書き込むことや読み出しすることができるため、実際に加熱溶融して薄膜化し、パターン原版を通して紫外光を照射して原版のパターンを転写できるかを調べたところ、薄膜を偏光方向が直角になるように重ね合わせた2枚の偏光板で挟み、可視光を用いて観察した結果、原版のパターンを正確に再現することが確認されたという。

通常、2枚の偏光板を偏光方向が直角になるように重ね合わせると光は透過できない。また、2枚の偏光板の間に複屈折性のない物質を置いても、光は透過してこないが、2枚の偏光板の間に結晶や液晶などの複屈折性を示す物質を置くと、光の一部が偏光板を透過するため明るく観察される。同材料の薄膜では、複屈折性のない部分(アモルファス固体相)と複屈折性を示す部分(結晶相)がそれぞれ暗部と明部になるパターンを形成しており、読み出し時は紫外光によるパターン書き込み時と異なりアントラセンの光二量化が起こらない可視光を使えるため、読み出しによるパターンの破壊は起こらないという。一方、同パターンを書き込んだ薄膜を200℃に加熱すると、全体が元の材料に戻って再び結晶化するため、パターンを消去できることを確認。パターン消去の後の薄膜に、同じ光書き込み操作を行うことで、繰り返しパターンを作製することも可能であることも確認された。

図3 相変化により記録したパターンを消去して、別のパターンを記録できることを示した様子。(a)一度目のパターンを書き込んだところ、(b)薄膜(a)を200℃に加熱してパターンを消去したところ、(c)薄膜(b)に別のパターンを書き込んだところ

図4は光パターンの書き込みと消去のメカニズムで、状態Aは今回の有機材料が室温で安定な結晶相を示す様子。この材料を融点以上に加熱すると溶融してアモルファス相になるが、そのまま冷却すると通常の物質のように元の結晶相(状態A)に戻る。しかし、溶融状態で紫外光を照射すると二量体が形成され、この二量体は室温に戻しても結晶化せずにアモルファス相のまま固化する(状態B)。このように、紫外光照射の有無によって2つの相ができるが、それぞれの相における光物性の違いによりパターンを記録できる。一方、状態Bの二量体を約200℃まで加熱すると熱戻り反応により元の材料が再生し、冷却すると結晶相(状態A)に戻るという光と熱による可逆的な反応を利用することで、室温での情報記録の長期保存を実現しており、しかも書き込みと消去を繰り返し行うことが可能となっている。

図4 開発された有機材料が室温で安定な2つの相(結晶相とアモルファス固体相)の間で可逆的に相変化するメカニズム

現在実用化されている相変化型光記録メディアの記録層には金属材料が使われているため、製造にはスパッタリング装置などの大型設備が必要となるが、記録層に有機材料を使用することができれば、溶液塗布や溶融プレスによって記録メディアを製造できるようになるため大型装置を不要にすることが可能となる。なお、原料となるアントラセンだけでは、今回のような可逆的な相変化を起こせず、研究グループでは、相変化のような機能を発揮すると予想される分子構造は、これまでに産総研が蓄えてきた光機能性有機材料に関する知見を活かすことで実現できたとする。

実際に、光記録材料として実用化するためには、加熱時に起こる酸化分解反応を抑えてパターンの書き換え繰り返し特性を向上させるとともに、書き込み時の高温による物質の拡散を抑え、微細なパターンの書き込みを可能にする必要があるとのことで、研究グループでは今後、有機合成的手法を用いて化学構造の最適化を図るとともに、酸素を除いて密封加工するなど薄膜化プロセスの改善も行っていく予定とするほか、光情報記録以外にも、同特性を活かしてフォトリソグラフィへの応用などの用途拡大も目指していくとしている。