大阪大学(阪大)は、DNA/ゲノムの安定化に関わる新しいタンパク質複合体を同定し、その構造を決定することで、DNAの交換反応である組換えに関わるその役割を明らかにしたと発表した。

成果は、阪大 タンパク質研究所の篠原彰教授、同・中川敦史教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間4月9日付けで英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン速報版に掲載された。

生物の設計図であるDNA/ゲノムは、その情報を正確に維持することが大切だ。1個体においては細胞分裂する際に正しく伝わらないとがんなどの病気を起こす可能性があるし、生殖細胞において遺伝情報が正しく伝わらなければ、生まれてくる子どもに遺伝病が生じたり流産などが起きてしまったりする。遺伝情報が書き換えられてしまうと、まれにプラスの方向に働いてそれが子孫に伝えられていくことで生物の「進化」につながったり、特にメリットもデメリットも生じない場合もあったりが、さまざまな病気になってしまうリスクも高いというわけである。

そのようなゲノムの情報の書き換えが生じる原因は複数だ。体内において発生する活性化酸素などの内的な代謝物が原因もあれば、放射線や紫外線などのような外的な原因もある。それらによって、DNAに傷傷が生じてしまい、書き換えが生じてしまうのだ。ただし、DNA損傷は日々さまざまな状況で生じているため、生物も進化の過程でそれを修復するさまざまな機能を備えて対抗した。損傷の修復方法は複数あるが、DNAの鎖の交換を伴う「組換え」は損傷などによって失われた情報を正確に書き戻すことが可能である。

この組換えには多数のタンパク質が協調的に働くことが重要だ。ヒトなどで組換えが正常に働かなくなると、がんを発症しやすくなり、実際に家族性(遺伝性)乳がんの原因遺伝子である「Brca2(Breast cancer2)」(ヒトでは第13番染色体に位置し、アミノ酸3418個からなる巨大タンパク質をコードしている)は組換えに関わることが知られている。こうした、DNA損傷を修復する力のある組換えの仕組みを理解することは、ゲノムの不安定化を介した細胞のがん化やその治療を考える上で、基礎的な情報を提供するというわけだ。

組換えの根幹反応である、「相同鎖検索反応」は、DNA鎖の相同性の認識、つまりは2つのDNA間の塩基配列が同じであるか異なるかを認識して区別する反応で、要はDNA鎖の交換反応である。1000塩基対から同じDNA配列を持つ配列がヒトのゲノム上に存在する確率は300万分の1以上だが、組換えの反応はその中から、同じDNA配列を見つけ出せる能力を有するという。

そしてこの過程を担う遺伝子/タンパク質として知られているのが、「Rad51(Radation51)」だ。Rad51は細菌からヒトまで普遍的に存在しているタンパク質で、ヒトでは333個のアミノ酸からなる。また特徴として、1本鎖DNAに複数分子が結合することで、右巻きのらせん構造を持つフィラメントを形成するという仕組みを持つ。この右巻きのらせん構造は、2つのDNA間の塩基配列の相同を認識して区別し、同じ塩基配列を持つDNA分子の入れ替え反応を行うために重要だ。

また細胞の中では、このRad51フィラメントが相同鎖検索反応を担う「分子マシナリー(分子機械)」となる。ちなみに分子マシナリーとは、生体内ではタンパク質は単独ではなく、複数のタンパク質が大きな集合体を作り、まるで機械のように正確な反応を行うことから、そのような集合体を指す時に使われる表現だ。

なお、Rad51フィラメントは細胞が組換えを起こす時、つまり放射線や紫外線などでDNAが傷ついた時や精子や卵子を作る減数分裂する時に、起きることが知られている。要するに、放射線などの外的な要因によって生じたDNA損傷を治すために中心的な役割を果たすというわけだ。

ただし、Rad51フィラメントの形成はDNAの傷を治すことができる一方、ゲノムの変化を作り出す諸刃の剣となるため、その形成する場所や時期は厳密に制御される必要がある。実際には、さまざまな補助的な役割を果たすタンパク質によって制御されることで、Rad51フィラメントが形成される仕組みだ。なお前述したBrca2は、Rad51フィラメントの末端に結合することで、フィラメント形成を促進することが知られていている。

そして今回の研究で新たに見出されたのが、「Psy3」、「Csm2」、「Shu1」、「Shu2」という既知の4つのタンパク質からなる新しいタンパク質複合体だ。それぞれの頭文字を取って「PCSS」と命名された。

従来の研究から、4つタンパク質それぞれは減数分裂期の組換えやDNA複製時に生じるDNA損傷の修復に関わることは判明している。そして今回の研究により、4つのタンパク質はその内のPsy3とCsm2をコアとして安定な複合体を形成することが確認され、また細胞内でRad51フィラメント形成に必要であることも証明された。

さらに、研究チームがコアとなるPsy3-Csm2の2量体のX線構造解析を行ったところ、構造がRad51と類似していることが判明。研究チームはその構造を基に、Psy3-Csm2の2量体がRad51フィラメント形成を促進、安定化するモデルが提唱され(画像1)、そのモデルの妥当性を実験的にも証明することに成功した。

またPsy3-Csm2の2量体はRad51フィラメントの一方の末端に結合し、その形成を促進するが、この結合様式は家族性乳がん責任タンパク質であるBrca2の反対になることも確認されており、その点について研究チームは「興味深いこと」としている。この結果は、Rad51フィラメント形成の末端の安定化が組み換え、つまり、ゲノムの安定化に大切な役割を果たすことを示しているという(画像2)。

画像1。DNA上にPsy3-Csm2(青-赤)が結合し(上)、Rad51(緑、4つの分子)のフィラメント形成を促進する(下)

画像2。Psy3-Csm2(青-赤)、Brca2(緑)がRad51(茶、5つの分子)のフィラメントの反対側の末端に結合することで安定なフィラメント形成を協調的に制御している

DNAの組換え反応はゲノムの安定化に関わっており、その機能の破綻はゲノムの不安定化の引き金となり、最終的に発がんの原因になる。さらに、卵子や精子形成での破綻は流産やダウン症などの「異数体病」を引き起こす。今回の研究で見出されたタンパク質複合体は組換えに重要な役割を果たしていることから、ヒトなどにおいては、その機能が働かなくなると個体は発がんなどのリスク、流産や不妊のリスクが高くなると考えられるという。

また研究チームは、PCCSは家族性乳がんの遺伝子と似た働きをすることから、その機能を強化するような薬などの開発は、家族性乳がんに代表される組換えの欠損によって生まれるがんなどの治療薬の開発につながることが期待されるとコメントしている。