東京大学は、独ルートヴィッヒ・マクシミリアン大学、京都大学 再生医科学研究所との共同研究により、後期分化マーカー遺伝子「テノモジュリン」が、「歯周靭帯(歯根膜)」の発生と機能に関わることを見出したと発表した。

成果は、東大医学部附属病院 集中治療部の小宮山雄介特任臨床医、同・大学院 工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻の大庭伸介特任准教授、同・鄭雄一 教授、ルートヴィッヒ・マクシミリアン大のDenitsa Docheva講師、京大再生医科学研究所の宿南知佐准教授、同・開裕司教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間4月10日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

歯周靭帯は「顎骨」内に歯を牽引固定する重要な支持組織であり、「咬合力(歯のかみ合わせの力)」を感知してショックアブソーバーとしての役割を有するほか、接触感覚などの重要な機能を担っている。

「歯周炎(歯周病)」は全世界的に罹患者が存在するといわれており、歯周病原性細菌の歯周組織への感染とそれらに対する宿主免疫応答の相互作用により発症すると考えられている。歯周炎にかかると、歯周靭帯を含む歯周組織の炎症性破壊がもたらされ、支持組織としての機能喪失、またその極期では歯の喪失がもたらされてしまう。さらに、近年の研究から重度の歯周炎がII型糖尿病、関節リウマチ、高血圧症、動脈硬化症の増悪に関連があることが示唆されており、口腔の健康が重要であることが認識されつつあるところだ。

なおかつ、歯周靭帯は一度破壊されると再生させることは困難で、今のところ歯周靭帯を含め、歯周組織を完全に再生させる有効な療法がない状況である。よって、歯周靭帯の再生医療を確立する上で、発生学的観点から歯周靭帯の成り立ちを知ることは重要な通過点と考えられ、現在、歯周組織を再生する研究は数多く行われているところだ。しかし、機能的な再生を評価する指標が乏しく、再生組織が腱・靭帯としての性格を有しているのかどうかを評価できていなかったのである。

そこで研究チームが今回着目したのが、腱や靭帯をはじめとする強靭結合組織の発生において「後期分化マーカー遺伝子」として認識されていたテノモジュリンだ。分化マーカー遺伝子とは、ある段階に分化した細胞の指標となる遺伝子のことをいう。テノモジュリンは腱・靭帯組織の発生段階の比較的後期に発現することが明らかとなっており、後期分化マーカーとして認識されている。

またテノモジュリンは、「II型膜貫通タンパク質」(タンパク質を構成するペプチド鎖のアミノ基末端が細胞内に位置する膜タンパク質のこと)の1種だ。血管新生阻害作用が確認されている「C末端ドメイン」、機能が解明されていない「BRICHOSドメイン」およびその中間にタンパク質切断配列がある「CS領域」という、3つの特徴的な構造を有する(画像1)。そしてその発現は、脳、心臓、腱、靭帯、強膜、角膜などに認められており、特に腱・靭帯組織の成熟に伴って発現が増強することが確認済みだ。

まず研究チームは、新たに作製したテノモジュリンに対する特異抗体を用いて、テノモジュリンの発現をマウス歯周組織の発生過程において検討することにした。その結果、歯の萌出開始後にテノモジュリンの発現が増強し、咬合が確立して歯が機能し始めた後もその発現が維持されることが見出されたのである(画像2)。

画像1。テノモジュリンの分子模式図

画像2。歯周靭帯におけるテノモジュリンの時系列的発現パターン

続いて研究チームは、テノモジュリンが細胞膜上に局在していること、そして先行研究におけるC末端ドメインの作用から、テノモジュリンが細胞の形態や、「細胞外マトリクス」(細胞の周囲に存在する巨大なタンパク質の超分子構造体のこと)への接着状態に影響を与えると仮説を立て、さらに検討を進めることにした。

「NIH3T3線維芽細胞」(線維芽細胞とは結合組織を構成する細胞の1つで、細胞外マトリクスを産生する)にテノモジュリンを強制的に発現させ、細胞形態・接着に対する影響を観察。すると、細胞突起の伸長を伴った形態変化を起こすこと、また腱・靭帯組織の主要な細胞外マトリクスである「コラーゲン」(ヒアルロン酸、エラスチンなども細胞外マトリクスの1種)への細胞接着を増強することが明らかとなったのである。(画像3)。また、テノモジュリンドメイン欠損変異体を用いた検討から、BRICHOSドメインおよびCS領域が細胞接着の増強に重要であることも示された(画像3)。

画像3。テノモジュリン発現細胞の細胞接着増強効果

テノモジュリンが、歯の萌出開始以降の歯周靭帯が機能する時期に先行して発現し、細胞接着を増強する機能を有することは、応力に抵抗して歯を支持するという機能を発揮する上で重要であると考えられ、歯周組織の発生・維持・機能に関与している可能性が示唆される。

このように、テノモジュリンの歯周組織における発現パターンとその細胞接着の増強作用が明らかとなったが、発現を制御するメカニズムや細胞接着増強作用の詳細なメカニズムは依然として不明だ。研究チームは今後も、テノモジュリンの発現と機能を制御するメカニズムについてさらなる検討を加えて行く予定とする。今回の研究の成果が、歯周靭帯のみならず腱・靭帯組織の発生学的研究、再生療法の開発に広く貢献することを期待すると、研究チームはコメントしている。