名古屋工業大学(名工大)と科学技術振興機構(JST)は、東京大学 大気海洋研究所(AORI)との共同研究により、光のエネルギーを使ってナトリウムイオン(Na+)を細胞から汲み出す新しいタンパク質「ナトリウムポンプ型ロドプシン(NaR)」を発見したと発表した。

成果は、名工大大学院 工学研究科 未来材料創成工学専攻 ナノ・ライフ変換科学分野の神取秀樹 教授、同・井上圭一 助教、AORIの木暮一啓 教授、同・吉澤晋 研究員らによるもの。詳細な内容は4月9日付けで英国オンライン総合科学雑誌「Nature Communications」に掲載された。

タンパク質は生物に固有の物質だ。生命活動を担うタンパク質は10万種類以上にもなり、その合成は細胞の中で行われ、合成されたタンパク質は、あるものは生物の構造そのものとなり、あるいは酵素などとして生命現象の発現に利用されているなど、生命に必須の物質となっている。

1971年に、太陽光エネルギーを使って水素イオン(H+)をポンプするという新しいタイプのタンパク質がある種の細菌で発見された。さらに、1977年には塩化物イオン(Cl-)を細胞内へ取り込むポンプも発見された。しかし、生体にとってH+やCl-と同様に重要な電解質の1つであるNa+のポンプは見つかっていなかった(画像1)。

Na+は神経興奮などに必要なことから、生物にとって重要な物質である。そのため、ナトリウムポンプもあるものと思われたが見つかっていなかったため、細菌は太陽光エネルギーをNa+の輸送のためには使わない、というのがこれまでの定説になっていたのである。しかし、今回ついにナトリウムポンプである3番目のポンプ型ロドプシンのNaRが海洋細菌から発見されたというわけだ(画像1)。

画像1。細菌など微生物が持つ光でイオンを輸送するタンパク質(微生物型ロドプシン)。左がH+、中央がCl-、右がNa+のポンプ。それぞれが光で各イオンを輸送する

今回、新しい機能が発見されたタンパク質は、相模湾の土壌に生息する海洋細菌が持っていた。吉澤研究員が、海洋細菌の99%が培養不可能とされる条件を克服して培養に成功し、同細菌を使って井上助教らがポンプ活性の測定に成功すると共に、このタンパク質を持つ遺伝子を大腸菌に導入して詳細に調べた結果、光で駆動されるNa+ポンプであることを明らかにしたというわけだ。

しかも、この36年ぶりに発見された新しいポンプは、環境に応じて輸送するイオンをNa+からH+へ変える性質を持っているという「ハイブリッド型ポンプ」であることも判明。さらに神取教授・井上助教は専門とするレーザー光や赤外線を用いた物理化学的な測定と遺伝子操作技術を組み合わせることで、Na+の結合の観察や反応過程をとらえることにも成功した。

この細菌はナトリウムポンプを用いて、太陽光エネルギーを化学エネルギーに変換すると共に、Na+を汲み出すことで細胞内のNa+濃度を低く保つという恒常性の維持にも使われていると考えられている。

なお、今回発見されたナトリウムポンプ型ロドプシンのほかに、光でナトリウムなどのさまざまなイオンを運ぶタンパク質として知られているのが、「チャネルロドプシン」だ。この2つの大きな違いは、今回発見されたナトリウムポンプ型ロドプシンは細胞内外の濃度差に関係なく、常に細胞の内から外へイオンを輸送するのに対し、「チャネルロドプシン」は常に濃度の高い方から低い方へ(細胞の外から中へ)イオンを流すという性質がある。

ちなみにナトリウムポンプ型ロドプシンはチャネルロドプシンよりも複雑な機構で輸送を行っていると考えられており、神取教授・井上助教らはそのメカニズムについても研究を行い、ポンプに重要な部位の特定に成功している。

今回の発見において神取教授らが行った研究内容。画像2(左):細胞内でのナトリウムイオンの輸送が行われることをリアルタイムで観測した信号。画像3(右):イオンの結合に伴うタンパク質の構造変化をとらえた赤外吸収スペクトル

なお、イオンポンプ型タンパク質は、脳の研究に革命を起こしているオプトジェネティクス(光操作)という新しい学問分野のツールとしても活用されていることから、今回のNaRも精神・神経疾患のメカニズム解明など、治療法の確立に向けた研究に寄与できることが考えられると、研究チームはいう。

また、今回発見されたナトリウムポンプ型ロドプシンとチャネルロドプシンの両方を制御できれば、細胞内のNa+濃度をコントロールできることから、神経細胞に関わる新薬の創製に寄与することが考えられるとも、研究チームは述べている。