近畿大学(近大)は、哺乳類の受精卵がすべての細胞に自律的に分化する能力(分化全能性)を獲得するために必要なプロセスである「エピジェネティック情報(遺伝子の発現を記憶するための情報)のリプログラミング(書き換え)」において重要な働きをする遺伝子「GSE」を同定することに成功したと発表した。

同成果は同大生物理工学部の松本和也 教授、同 畑中勇輝 大学院生(博士後期課程3年)らによるもの。詳細はオンライン科学雑誌「PLOS ONE」に掲載された。

哺乳動物では、卵が精子との受精によって生物個体を形成する200種類以上の細胞に自律的に分化できる能力「分化全能性」を持つ受精卵が形成されることにより、次世代が生み出される。この分化全能性を持つ細胞は受精卵と初期胚(2細胞期さらに4細胞期の胚:生物種によって異なる)に限られていることが知られており、受精後に大規模なクロマチンリモデリングを伴うエピジェネティック・リプログラミングを経て、精子と卵の生殖細胞のエピジェネティック情報が受精卵のエピジェネティック情報に書き換えられ、受精卵が形成されると考えられているが、受精卵が分化全能性を獲得するメカニズムは、まだ解明されていなかった。

また、受精直後DNA複製が開始される前に、雄性ゲノム上に存在する5-メチルシトシン(5mC)が5-ヒドロキシメチルシトシン(5hmC)に変換される能動的DNA脱メチル化が起きた結果生じた雄ゲノムと雌ゲノム間のDNAメチル化レベルの不均一性は、エピジェネティック・リプログラミングの重要な現象であることが知られており、その能動的DNA脱メチル化の分子メカニズム機構に関与する因子として、「Tet3」および「PGC7/Dppa3/Stella」が同定されているものの、これらの因子だけでは能動的DNA脱メチル化の制御メカニズムを完全に説明できていなかったという。

これまで研究グループは、受精卵の分化全能性獲得のメカニズム解明の手がかりを得るため、生殖細胞で発現する遺伝子群の解析を進めてきており、その過程でホヤからヒトまで進化的に保存されたタンパク質で、生物個体では生殖細胞だけに発現するGSEが、受精直後の能動的DNA脱メチル化の分子メカニズム機構に関与することを発見してきた。

さらに研究を進めたところ、母性因子GSEは、受精卵では雌性および雄性前核に存在しているものの、ある一定の処理を施すと、雄性クロマチンだけに結合していることが判明したほか、GSEはクロマチンを構成するヒストンH3およびH4と直接結合していることが確認されたことから、クロマチンリモデリングに関与することが見出されたため今回、受精直後の雄性ゲノムに特異的に起こる現象である能動的DNA脱メチル化に、GSEが関与していると予測し、その検証が行われた。

GSEの発現を抑制した受精卵における能動的DNA脱メチル化状態を調べる方法として、最初に蛍光免疫細胞化学的解析を行った結果、GSEの発現を抑制した受精卵は、正常な受精卵で起きる5mCの低下と5hmCの増加が抑制されていることが確認されたという。

次に、1つひとつの遺伝子レベルで脱メチル化状態を調べるため、正常な受精卵で脱メチル化されることが明らかになっている遺伝子Line1、Lemd1、Nanog、Oct4のCpG領域におけるバイサルファイト解析を実施したところ、GSEの発現を抑制した受精卵では、これら遺伝子領域のメチル化が抑制されていることが明らかとなった。

さらに、能動的DNA脱メチル化が5mCから5hmCへ転換されることで生じる現象であるため、Line1ゲノム領域における5mC抗体および5hmC抗体を用いたクロマチン免疫沈降法による解析を実施した結果、GSEの発現を抑制した受精卵では、正常な受精卵と比較して、Line1ゲノム領域の5mCレベルは約2倍以上と高く、5hmCレベルは約4分の1以下と低いことが判明したという。

これらの結果は、母性因子GSEが受精時のエピジェネティック・リプログラミングで重要な生理現象である能動的DNA脱メチル化の制御メカニズムに深く関与していることを明らかにするものであることから、研究グループでは今後、今回の成果を元に、さらに詳細な解析を進めることで、受精卵や始原生殖細胞の形成の分子メカニズムの解明を目指すとするほか、エピジェネティック・リプログラミングのメカニズムにおけるGSEの働きを理解することで、体細胞クローン個体作出やiPS細胞樹立の効率改善の実現が期待できるようになると説明している。

GSEの発現を抑制した受精卵では、能動的DNA脱メチル化が抑制される。正常な受精卵である未処理胚(上段)において、雌性前核では5mCレベル(緑)は維持され、雄性前核では5mCレベル(緑)から5hmCレベル(赤)への転換により雌雄ゲノムのDNAメチル化レベルの不均一性が観察される。一方、GSEの発現を抑制した受精卵であるGSEノックダウン胚(下段)おいて、雌/雄前核とも5mCレベル(緑)は維持されており、雌雄ゲノムのDNAメチル化レベルの大きな不均一性は確認されなかった