物質・材料研究機構(NIMS)と首都大学東京は3月27日、リチウムイオン電池用負極材料であるシリコンの1粒子の充電反応に伴う体積膨張を実測することに成功したと発表した。また、その知見に基づいた体積エネルギー密度という観点からの電極設計の重要性を示した。

同成果は、NIMS ナノ材料科学環境拠点 金村聖志特別研究員、西川慶博士研究員、首都大学東京の研究グループらによるもの。詳細は、「電気化学会第80回大会」にて発表された。

リチウムイオン2次電池は正極にリチウム含有金属酸化物、負極にグラファイト、電解液として有機溶媒にリチウム塩を溶解させて使用する。作動電圧が高く、高エネルギー密度を有するという点から、携帯電話やモバイル機器を中心に幅広い用途で使用されている。また、電気自動車などの移動媒体用主電源として、期待を集めており、さらなる利用拡大が見込まれている。しかし、電気自動車用途においては、一回の充電での走行距離を伸ばす必要性から、より高エネルギー密度化が強く望まれている。従来のグラファイト負極に比較するとシリコン負極は、大きな理論容量を示すことで、有力な次世代電極材料候補の1つとなっているが、充放電に伴う体積変化が著しく、この体積変化を抑制するために、カーボンとの複合化など、色々な手法がとられているが、その体積変化のメカニズムはいまだ解明されていない。

首都大学東京の研究グループは、電極活物質粒子1つの電気化学測定が可能である単粒子測定技術を確立。NIMSが有する超乾燥実験室に単粒子測定システムを導入し、電極活物質1粒子の電気化学測定を開始した。今回の研究においては、シリコンの充放電に伴う真の体積変化量の把握、および体積変化メカニズムについて検討するため、μmサイズのシリコン1粒子に対し充放電測定を行いつつ、体積変化のその場観察を行った。

単粒子測定システムは、ガラスに白金線を封入したマイクロプローブを採用。対象となる電極活物質1粒子に直接接触させることで電流を印加し、その電気化学的応答を測定する仕組みとなっている。今回の研究では、測定対象が負極材料のシリコンであるため、白金マイクロプローブの先端に銅を電気化学的に析出させてプローブとして使用した。

図1 単粒子測定システムの模式図。プローブをマニュピレータによって操作し、顕微鏡で観察しながら、シリコン粒子に接触させ、粒子1つの電気化学測定を行うことが可能

マイクロプローブを、マイクロマニュピレータによって操作し、光学顕微鏡観察下において、電気化学セル内に静置したシリコン粒子1つ(直径10~20μm)に静かに接触させ、電気化学測定を実施。なお、対極には金属リチウムを、電解液にはエチレンカーボネート(EC)とプロピレンカーボネート(PC)を1:1で混合させた有機溶媒に過塩素酸リチウム(LiClO4)を溶解させたものを使用したという。

シリコンの充電反応は以下で示される。

Si+4.4Li++e-→Li4.4Si

反応式からわかるように、1個のシリコンに対し、4.4個のリチウムが反応し、リチウムシリコン合金を形成する。この時の体積膨張が、これまでSiおよびLi4.4Siのそれぞれの結晶サイズから約400%と考えられてきた。しかし、その実測例はなく、シリコンへの充電によって実際にどの程度の体積膨張が生じるかは解明されてなかった。今回の研究では、1個のシリコン粒子の充電に伴う体積変化を実測し、真の体積膨張率を求めることに成功した。

図2 充電に伴うシリコン粒子の膨張。3nAの電流を印加しながら、シリコン粒子の膨張過程を観察した様子。プローブ先端には銅めっきを施しており、先端が銅褐色になっている。プローブと接触した黒色のシリコン粒子(一部金属光沢を有する)が、充電に伴い膨張する(赤丸内)

この測定を基に体積当たりの充電量と、体積膨張率を計算すると、体積は半径の3乗に比例することから、理論的な体積膨張が生じた場合、シリコンの径は約1.59倍となるはずだが、いくつものシリコン粒子への充電試験を行った結果、測定を行ったすべてのシリコン粒子の体積膨張率が、理論的に予測された値より大きくなったことが確認された。大きいものでは、約800%もの体積膨張を示した粒子も存在したという。このことは、体積膨張を示すような電極材料の系においては、その実測が必要不可欠であることを示すものだと研究グループは説明する。

図3 シリコン粒子の体積当たりの充電量と半径方向の膨張率との関係。満充電で400%の体積膨張をすると仮定した理論的膨張率を青線で示している。充電電流を変えて充電を行った結果、すべての測定結果において、理論値を超えて膨張していることが示されている

今回の成果は、電池電極を設計する上で重要になる成果だという。これは、自動車用途や携帯電話用途の場合、リチウムイオン電池の規格として、一定体積の中で、いかに容量を増やすことができるかという点が検討課題となっているためで、シリコンのように体積膨張が生じる系においては、真の体積膨張がどの程度であるかを把握しないことには電極設計ができないためである。特に、体積ベースでエネルギー密度を論じると、シリコンの体積エネルギー密度は、従来の理論的体積膨張を基に考えた際には約2400mAh/cm3となるが、今回の研究で最も膨張を示した例を基にすると、半分程度になってしまうという結果は、次世代負極材料開発競争において、シリコンの優位性が下がることを示すもので、その指針の再考の必要性を示唆するものとなると研究グループではコメントしている。