大日本印刷(DNP)は4月2日、横浜国立大学(横浜国大)、情報通信研究機構(NICT)、東京大学と共同で、人工物の物理的な特徴を認識して個体認証を行う技術「ナノ人工物メトリクス」において、数nm単位の微細でランダムなパターンによる認証を実現したと発表した。
近年、紙やプラスチックなどの人工物について、個体に固有な物理的特徴(パターン)を計測して個体認証する新技術「人工物メトリクス」の研究開発が進められている。指紋などの生体固有の特徴で個人認証する「バイオメトリクス(生体認証)」にちなんで名づけられた人工物メトリクスは、これまで主にμm単位のパターンを認証に用い、紙にランダムに漉き込まれた微細な磁性繊維で真贋判定する株券などの導入事例があるものの、セキュリティ性を高めるためにより微細なパターンで認証したいとの要望があった。
このような中、横浜国大の松本勉研究室、NICTの成瀬誠主任研究員、東大の大津元一研究室、DNPは、総務省の戦略的情報通信研究開発推進制度(SCOPE)において「ナノフォトニクスによる情報セキュリティ技術の創成」をテーマに、ナノ領域の情報の書き込み/読み出しが可能な「ナノフォトニック階層的ホログラム」に関する共同研究を行ってきた。今回、これまでの研究成果を発展させるとともに、電子線リソグラフィプロセスで発生する"レジスト倒壊現象"を応用して、ナノメートル単位の極めて微細なパターンを作成し、個体認証に利用できる技術「ナノ人工物メトリクス」を開発した。
今回の技術は、ナノオーダーの半導体回路の製造などに用いられる電子線リソグラフィプロセスを応用したもの。以下のような工程で半導体回路を形成する。
(1)レジストを塗布したシリコン基板に、形成したいパターンで電子線露光を行うことでレジストの特性を変化させる。(2)現像処理によって、レジストに覆われている部分と基板が露出している部分を生じさせる。(3)エッチングにより基板の露出部分に凹凸パターンを形成する。(4)不要なレジストを除去する |
これにより、今回、レジストの厚さや基板との接着力、電子線露光時間などの条件を調整し、レジストのピラー(柱)の倒壊現象をランダムに発生させることで、10nm以下の複雑な微細構造を有するランダムなパターンを形成することに成功。
通常の微細加工技術においてはレジスト倒壊現象は避けるべき現象だが、今回の技術はこの現象のランダム性を逆に積極的に活かし、人工物メトリクスというセキュリティ応用に発展させた。作製したランダムパターンに対して、複製の困難さ(耐クローン性)や、読み取りの安定性などに関する評価などを行った結果、本技術が個体認証に活用できると判断した。
同技術は、線幅10nm以下の微細な構造を有しており、先端の微細加工製造プロセスに起因するランダム性を用いているため、偽造が極めて困難(耐クローン性が高い)。極めて微細なパターンをシリコン基板のウェハ上に多数形成でき、大量製造による低コスト化が見込める。ホログラムなどの既存のセキュリティデバイスへの組み込みが可能といった特徴を持つ。
今回、横浜国大大学院はセキュリティ性の理論と定量化、NICTはナノフォトニック技術のセキュリティ応用の検討、東大大学院は全体のとりまとめとナノフォトニック技術の基本理論及び基本設計、DNPはサンプル試作と実用化の検討を担当した。
なお、同パターンの読み取りには、半導体開発などに用いられる測長走査電子顕微鏡CDSEM(Critical Dimension Scanning Electron Microscope)を使用する必要があるため、研究グループでは今後、小型の読み取り装置および読み取り照合アルゴリズムについても開発を進め、クレジットカード、ブランドプロテクションなどの用途で3年後の実用化を目指すとコメントしている。