物質・材料研究機構(NIMS)は、無機層状結晶があたかも生きた細胞のように水溶液中で100倍に及ぶ大きさにまで数秒で伸び縮みするという珍しい現象を観測することに成功したと発表した。
同成果はNIMS国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の佐々木高義 主任研究者、馬仁志 MANA研究者、耿鳳霞 博士研究員らの研究グループによるもので、詳細は英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に掲載された。
近年、厚さが1nm前後の分子レベルながら横方向にはその数百倍から数十万倍に及ぶ拡がりを有する2次元ナノ物質であるグラフェンやナノシートの機能などにエレクトロニクス分野を中心に注目が集まってきている。
こうした層状化合物は、構成原子が横方向に強い結合で連鎖して層を形成し、これが残り一方向に比較的弱い力で積み重なった結晶構造を有しているため、溶液中などの穏和な条件のもとで、層と層の間に様々なイオン、分子を取り込むという性質を示し、取り込んだイオンや分子の分だけ、層と層の間が拡がる(膨潤)性質を有している。この膨潤は通常は数割程度だが、アミン類、特に4級アンモニウムイオンを含む水溶液中ではアミンと同時に大量の水が取り込まれ、層間隔が数倍に達する膨潤が起こる場合があり、その際、層と層の間に働く力は弱くなり、層同士がバラバラになっていくことから、これを利用して層1枚に相当する2次元物質(ナノシート)を得ることができることが知られている。しかし、そうした水中で起こる動的かつ不安定な反応については、その詳細についてはほとんど分かっておらず、またこれを制御、調節する手段もなかったことから、より高品位なナノシートを高収率で制御して合成するためには、層状結晶の膨潤反応の本質に関する理解の深化・増進が求められていた。
研究グループでは、層状化合物を大きく水和膨潤させ、層1枚にまでバラバラに剥離する手段として、これまで4級アンモニウムイオンを含む水溶液を反応させるプロセスを用いてきたが、今回の研究ではその膨潤反応を精密に制御することを目指して、さまざまな種類のアミン化合物、特に分子の形が対称でなく、周囲の水分子に非等方的な力を及ぼす可能性のあるアミンに着目して、その反応性を調べた。
具体的には、厚さ2~3μm、横サイズが30μm前後の層状チタン酸化物の板状結晶を対象として研究を行った。この層状化合物を構成する酸化物層の間隔は0.9nmであるため、板状結晶では約3000枚の層が積み重なっていることになり、これを2-ジメチルアミノエタノール分子の両端にアミン基とヒドロキシ基を有する化合物の希薄水溶液中に浸漬したところ、サンプルのかさが数十倍に膨らむことが確認されたという。
実際に光学顕微鏡で観察したところ、板状結晶がその厚み方向に約100倍まで1~2秒で伸びていく様子が確認されたという。そこで、ひものような外見に変化した結晶をさまざまな機器分析により調べたところ、この現象は層状結晶の層と層の間隔を均等に100倍にまで膨らませる大量の水が入り込んだ結果であることが確証されたほか、水溶液に塩酸を加えたところ、巨大な膨潤状態が瞬時に変化し、膨潤する前の板状結晶に戻ることも確認されたという。
層状結晶の膨潤・収縮の様子(偏光顕微鏡写真)。出発結晶は最初の写真(0s)中に矢印で例示されたもので、これにアミン溶液を作用すると、0.53s後、矢印で示されるような過渡的な状態を経て、16.4s後の「ひも」状に伸びきった状態となる。これに酸水溶液を滴下すると、「ひも」状結晶は収縮し、3.8s後には矢印で示したような元の結晶に戻る |
そこで研究グループでは、膨潤した結晶では厚さ1nm弱の酸化物層が90nmに及ぶ水を間に含みながら3000枚ほど平行に並んでおり、この状態では遠く隔てられた酸化物層の間に働く力は無視できるほど小さくなっていることから、層間に存在する水がこの巨大膨潤状態を安定に保つ役割を果たしていると考え、理論計算を行ったところ、非対称分子である2-ジメチルアミノエタノールがその周囲の水分子を一定方向に配列させ、水分子同士が水素結合と呼ばれる結合を作ってネットワーク化していることを発見したとする。
今回の成果について研究グループは、これまでその詳細がほとんど明らかになっていない層状結晶の膨潤現象の学術的理解を進歩させ、膨潤度の調節、膨潤/剥離反応の高度な制御に道を拓くものであり、グラフェン、ナノシートなど、現在ホットな研究対象となっている2次元ナノ物質の高品質、高収率合成が可能となると期待されるとコメントしているほか、今回発見された巨大膨潤結晶は、層と層の間に大量の水を含んでおり、その含水率は97%に達することから、このような状態をヒドロゲルとして固定化できれば、生体関連や触媒など、多方面に役立つ新材料が得られる期待があるとも説明している。