日本原子力研究開発機構(JAEA)は3月27日、フランス原子力庁 グルノーブル研究所との共同研究により、ウラン化合物超伝導体「URu2Si2」を17.5K(約マイナス256℃)以下の極低温に冷却した際に出現する電子状態を、結晶に力を加えてひずませることで、より高温で出現させることに成功したと発表した。
成果は、JAEA 先端基礎研究センター 重元素系固体物理研究グループの神戸振作グループリーダー、グルノーブル研究所の青木大博士、同・Jacques Flouquet博士らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国物理学会誌「Physical Review B」電子版に掲載された。
物質は、温度や圧力などの外部要因によって、H2Oが氷、水、水蒸気と変化するように、固体・液体・気体(・プラズマ)などのさまざまな状態に変化するのは良く知られている。また同じ固体であっても、その結晶構造などが変化していることがある。このような異なる状態においては、原子や分子の並び方、電子のあり様などが変化しているのだ。
URu2Si2はウラン(U)、ルテニウム(Ru)、ケイ素(Si)からなる化合物だ。1985年に、オランダ・独国・米国の3つの研究グループにより、17.5Kという極低温において、それまでに報告されている物質のどの状態とも異なると考えられる新しい状態が報告された。それ以降、25年以上にもわたってその状態を引き起こす要因を解明すべく精力的な研究が重ねられてきたが、今もって要因は解明されておらず、物質物理学における重要課題の1つになっている。
17.5K以下でのURu2Si2がどんな状態になるのかというと、まず17.5K以上における通常状態での「結晶格子」(結晶において原子が格子状に規則正しく並んだ状態)と電子系について説明しよう。URu2Si2は通常の状態では、「4回対称性」を持っていることが特徴の1つだ。4回対称とは「回転対称性」の1つで、ある軸を中心に周りを一定の角度だけ回転させても(回転、反転、鏡に映すなど)、その形が不変であることを示す。360/n度回転させると重なるものをn回対称といい、4回対称なら90度、2回対称なら180度回転させると重なる図形のことをいう。例えば、正方形は4回対称で、長方形は2回対称である。このように対称性は不変性と結びついているため、物理学では重要な概念なのだ。
一方、17.5K以下ではどんな状態が起こっているのかというと、それはJAEAと京都大学による実験結果が2011年に公表され、この未知の状態では、電子系の状態のみが4回対称から2回対称へと低下していたことが報告された(画像1)。物質は原子核が組む結晶格子とその周りの電子系によって構成されており、通常、結晶格子の構造は電子系の状態によって決まるため、電子系に2回対称の特徴がありながら結晶格子が4回対称を保っているのは非常に不思議な状態なのである。
そこで研究グループは、結晶格子に力を加えて「格子ひずみ」を生じさせて4回対称から2回対称に低下させれば、その2回対称の低温電子状態をより安定にできるのではないかと考え、さまざまな方向の外力を加えて測定を行った。
結晶は、ある一方向から力を加える「1軸圧力」によって人工的に格子ひずみを作りだし、結晶格子の回転対称性を変化させることが可能だ(画像2)。これまでは低温で正確かつ一定に圧力を保つことが困難だったが、今回、液体ヘリウムを圧力媒体とすることにより、1軸圧力を低温で自由にかけられる装置を開発することに成功し、未知の状態に転移する温度を測定する実験を実施した。
その結果、結晶格子の対称性が4回対称から2回対称へ変わる方向に1軸圧力をかけると、未知の状態への転移温度が圧力の高さに応じて上昇することが判明(画像3)。格子ひずみにより電子系の2回対称状態がより高温でも出現し、転移温度が上昇していることを示している。結晶の中の電子系の状態はたくさんある諸条件のバランスにより決まるが、今回、結晶に力をかけて歪ませることで、人為的にこのバランスに介入できることが実証された。これにより、物性研究の新たな視点を手に入れたということができるという。
なお研究グループでは今後、電子系と結晶格子に現れた回転対称性の変化が関連する現象をさらに詳細に調べて、未解明の電子状態の解明にせまるとする。またこれまで結晶構造は電子状態を反映して決まる、という方向でのみ考えられてきたが、新たに「外力による結晶構造の変化を通して電子状態を制御する」ことを実現できたため、この手法による新たな電子物性発現の可能性も検討していくとしている。