石川県金沢市が主催するデジタルメディアイベント「eAT KANAZAWA 2013」(イート・カナザワ、以下eAT)が、今年も錚々たるゲストと多数の参加者を迎えて1月25日、26日の2日間にわたり開催された。このレポートでは、同イベントの2日目午後のプログラムの様子をお伝えする。
【レポート】クリエイティブの力を伝えるイベント「eAT KANAZAWA 2013」密着レポート【1】
【レポート】クリエイティブの力を伝えるイベント「eAT KANAZAWA 2013」密着レポート【2】
eAT2日目午後は、「B+ロボティクス」、「B+アート」、「B+3D」、「B+漫画」、「B+特撮」、「B+Startup」の6つをテーマにしたセミナーが行われた。登壇者はそれぞれの分野の名だたるプロフェッショナルばかり。共通項のない6つの分野に「B+」という横串をさすことで、いったいどんな共通項や展開が見られるのか。始まる前からとても興味が湧いてくる。
Super Lecture 1「B+ロボティクス 遠隔操作型ロボットの発展」
トップバッターとして登壇したのは、大阪大学大学院教授の石黒浩氏。テーマは「B+ロボティクス 遠隔操作型ロボットの発展」だ。石黒氏は2009年の「ニューズウィーク日本版」で「世界が尊敬する日本人100人」にも選出された、最先端のロボット研究者として世界的に有名な人物である。ちなみに、eAT登壇のいきさつは、TEDに登壇した石黒氏の講演をとある実行委員メンバーが見たことがきっかけで、「どうしてもeATに登壇いただきたい」というラブコールが幸運にも届いて実現したそうだ。
石黒氏のスピーチは実にテンポがいい。それでいて、ロボット開発という最先端テクノロジーの塊ともいえる世界の話を、一般の人の理解を超えない平易さで説明してくれるのでますます引き込まれる。そして、スピーチの内容は、(人型)ロボットが我々の社会においてより身近な存在になってくるだろうその理由から始まった。
人は人を認識する脳を持つ。人にとって、もっともよいインタフェースは人である。コンピューターではない。だから、人の研究、人型ロボットの研究とは、インタフェースの探究がその原理となる。一方で、技術開発というものはどこから来ているのか?歴史的に見てそれは、人間が普段の生活でやっていることからヒントを得てきたことが技術開発につながっている。お皿を洗う、掃除をする。要するに、人間が持つ能力を機械に置き換えることが技術開発といえる。では、置き換えながら、人間から(能力を)引き算していくと、最後に残るのは「人間とは何か」という問いに行き当たる。つまり、技術開発の根本には人間理解があるということになる。
この人間理解の追究=技術開発を、人間はどこまで追い求めるのか?あるいは、やめてしまうのか? 石黒氏は「絶対、人はやめない」と断言する。なぜなら、技術開発が経済を支えているからだ。人間には欲があり、誰しもがよい生活を望んでいる。それに必要なのは経済発展である。経済発展に技術開発は欠かせない。このふたつの理由から、(人型)ロボットは必ず我々の社会において身近な存在になると石黒氏は話す。
一方で、人は常に矛盾を抱えている。それはプライバシーと利便性である。人は「便利だ」と思った途端にそれまでネガティブに思っていたことを普通のこととして認識する。例えばケータイ、例えば車、例えば街中にある監視カメラ。安全と利益の担保が分岐点を超えると、使うことに抵抗を感じなくなっていく。その意味では、今はまだ見たことのない人にとって、アンドロイドは異質に映るかもしれない。しかし人間研究のほとんどがまだ解明されていない中において、石黒氏が進める「人間とは何か?」の探究はとても興味深い。物事は、最初は藝術やデザインからスタートするが、それに再現性を持たせるのは科学技術である。でないと世の中には広がらない。誰でもが簡単にデザインできるようにするには科学技術は必要である。そのためには、人間らしさや人間らしい動きの探究が必要で、結果それは、人間理解にもなるしロボットの改良にもつながると石黒氏は説く。
この人間らしいロボットの探究は、具体的には見かけや動作、知覚、対話、心理、発達するメカニズム、生体模倣型メカニズムなどいろいろな側面から人間らしさを追求することになるのだが、言葉で説明してもなかなか想像に難いと思われる。興味のある方はYoutubeなどで「石黒浩」というキーワードを検索してみてほしい。「なるほど」と思える映像に出会えるはずだ。また、石黒氏も関わった2009年の映画『サロゲート』では、身代わりロボットが人間の社会生活のすべてを代行するというストーリーの近未来が描かれている。
石黒氏は言う。「人間とは何か。人間らしさとは何か。人間らしさは姿形ではない。完璧な人間はむしろ人間らしくない。人間は大して知的でもない。昨日自分がやったことは、人間にしかできなかったことなのか?問いてほしい。人間の心はどこにあるのか。いつか人間と機械の境界線がなくなる日が来るのか。人間らしい想像の余地を残したロボットの誕生は理屈からは生まれない。藝術に分野がないのと同じで、発明発見にも分野はない」。わずか30分のセミナーではあったが、まさにテクノロジーとアートの交差点に立つ日本人イノベーターの濃密なメッセージが、会場にいた全員に届いていたと思われる。
(取材:Mac Fan/小林正明、岡謙治)