東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)や東北大学などの研究グループは、ニュートリノの質量の推定が可能になる現象「2重β崩壊」を捕えることを目的とした「カムランド禅」実験において、キセノン136(136Xe)を用いたニュートリノを伴わない「(0ν)2重β崩壊」の探索を実施し、90%の信頼度で半減期を1.9×1025年以上に制限したほか、ほかの実験における136Xeの結果と組み合わせたところ、半減期の制限は3.4×1025年以上となり、76Geを用いて0ν2重β崩壊を検出したとするハイデルベルグ・モスクワ実験の結果を97.5%以上の信頼度で否定できることを発表した。

画像1。KamLAND液体シンチレータの設計イメージ。(カムランド禅パンフレットから抜粋)

成果は、東北大 ニュートリノ科学研究センター教授兼カブリIPMU主任研究員の井上邦雄氏、カブリIPMUのAlexandre Kozlov特任助教らによるもの。詳細な内容は、2月7日付けで米国物理学会発行の論文誌「Physical Review Letters」に掲載された。

宇宙の始まりとされるビッグバンでは、超高温高圧状態の中で「物質」と「反物質」が対生成により同じ数だけ作られ、宇宙の進化の過程で、物質と反物質は対消滅にその数を減らしたが、現在の宇宙では物質ばかりが残っている。もし物質と反物質が同じ数だけ誕生し、対消滅していた場合、宇宙にはエネルギーだけが残り、星や生物が生まれることがなかったと考えられているが、宇宙の進化におけるどの段階で物質と反物質のバランスがどのように変化したのかについては、まだはっきりと解明されていない。

この謎を解くカギを握るとされるのが、電子やクォークといったほかの素粒子と異なり、物質と反物質が実は同一粒子で、スピンの方向が反対なだけ、という可能性がある「ニュートリノ」だという。この可能性はニュートリノがマヨナラ性を持つ(マヨラナ粒子)とされ、そうであれば物質と反物質の間で入れ替わることができることから、物質と反物質のバランスを変えることができるようになるため、もし、ニュートリノのマヨラナ性を見つけることができれば、「宇宙になぜ人類が存在しているのか」という謎の解明に近づくことになるという。

ただし、ニュートリノのマヨラナ性を実験的に確認するためには、現在のところニュートリノを伴わない0ν2重β崩壊という現象をとらえるしかないと研究グループでは説明する。2重β崩壊は、原子核中の中性子が電子と反ニュートリノを放出して陽子に変わるβ崩壊が、特定の原子核で2回同時に起こり、原子番号が2つ違う原子核に変わるという現象だが、もしニュートリノがマヨラナ性を持つ場合、ニュートリノが出ない2重β崩壊(0ν2重β崩壊)が起こることが考えられている。また0ν2重β崩壊は、ニュートリノによってエネルギーが持ち去られないため、放出された2つの電子の運動エネルギーの合計は原子核の種類によって決まる一定のエネルギーを持つという特徴を持っているという。

0ν2重β崩壊の探索には、可能な限り大量の2重β崩壊を起こす原子核を集め、環境放射能のないところでじっと待ち続けることがポイントとなる。すでに世界中で探索が進められており、76Geを用いたハイデルベルグ・モスクワ実験の一部のメンバーが0ν2重β崩壊を検出したという主張をしているものの、環境放射線に由来するバックグラウンド評価に問題があるなどの指摘もあり、はっきりとした結論が得られていない状況となっている。

研究グループが2002年より進めている研究プロジェクト「カムランド禅」は、東京大学の観測装置「カミオカンデ」の跡を利用して東北大が2000年に作った「カムランド」を利用したもので、136Xe同位体を液体シンチレータに溶解させ、その136Xeが2重β崩壊を起こすまでひたすら待ち続けるというもの。

今回の0ν2重β崩壊の半減期として90%の信頼度で1.9×1025年以上という制限を得たという発表結果は、Xeを溶かした13tの液体シンチレータを2011年10月から2012年6月にわたって観測したことで得たもので、ほかの136Xeの結果と組み合わせると90%の信頼度で3.4×1025年以上という制限になり、76Geを用いたハイデルベルグ・モスクワ実験の結果を97.5%以上の信頼度で否定できることを示すものだと研究グループでは説明しており、76Ge以外の原子核を用いた0ν2重β崩壊の探索感度が未検証の領域に到達したことを意味しているとする。

そのため、研究グループでは今後、検出器の改良を進めることでさらなる領域の探索が実現できるようになるとの期待を示している。

2重β崩壊の模式図。画像2(左)は通常の2重β崩壊では2個の中性子が陽子に変わり、それぞれ1個ずつの電子と反ニュートリノを放出する。放出されたニュートリノが一部のエネルギーを持ち去る。画像3(右)はニュートリノを伴わない2重β崩壊では、一方のβ崩壊から放出された反ニュートリノがニュートリノとして他方のβ崩壊に吸収される。実際には原子核内でニュートリノの交換が行われるのでニュートリノは原子核外には出てこな