東京大学(東大)は、「内因性カンナビノイド」と呼ばれる脳内の大麻(マリファナ)様物質の1種である「2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)」が、匂いや空間に対する「馴化(慣れ)」を制御するメカニズムを明らかにしたと発表した。
成果は、東大大学院 医学系研究科の菅谷佑樹助教、同・狩野方伸教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、専門誌「The Journal of Neuroscience」2月20日号に掲載された。
マリファナに含まれる精神作用物質「カンナビノイド」は、生体内のタンパク質「カンナビノイド受容体」と結合して記憶障害や痛覚の低下、幻覚などを引き起こすが、生体内でもカンナビノイド受容体の活性化を引き起こす物質が産生されており、それが、2-AGなどの内因性カンナビノイドである。内因性カンナビノイドは神経細胞の活動が高くなった時に作られ、ほかの神経細胞から入ってくる情報の強さを調節する「逆行性シナプス伝達物質」として知られている。
脳内における主な内因性カンナビノイドは2-AGと「アナンダマイド」あり、これらの内因性カンナビノイドの役割の1つとして、記憶・学習能力の低下作用が報告されており、単純な学習である環境に対する馴化(慣れ)も、その影響を受けることが報告されていたものの、どちらの内因性カンナビノイドがどのようなメカニズムで馴化を低下させているのかは明らかになっていなかったという。
そこで研究グループは今回、内因性カンナビノイド2-AGの産生酵素である「ジアシルグリセロールリパーゼα(DGLα)」を欠損した遺伝子改変動物(DGLαノックアウトマウス)やカンナビノイド受容体の阻害薬を投与した野生型マウスを用いて実験を行った。
DGLαノックアウトマウスは野生型マウスと比べて、匂い刺激や空間に対する馴化が有意に促進されていることが示されたほか、。新しいケージに入れる30分前に、カンナビノイド受容体の阻害薬を投与したマウスにおいても、阻害薬非投与マウスと比較して、新しいケージ(空間)に対する馴化が有意に促進していることが示されたことから、これらの結果が、新規の匂いに曝されたり、新しい空間に置かれたりした時に2-AGが産生され、馴化を抑制していることを示唆するものであると判断。さらなる実験として、馴化が海馬歯状回に関連する学習であるため、マウスの海馬歯状回とその入力神経線維に記録用電極と刺激用電極を植え込み、マウスが自由に行動している状態で入力線維を刺激し、海馬歯状回の反応記録を行ったという。 具体的には2連発の刺激を与え、1発目の刺激と2発目の刺激に対する反応の比較をしたところ、野生型マウスでは2発目の刺激の際に細胞集団の活動が抑制されるが、DGLαノックアウトマウスでは抑制の程度が有意に低下していることが確認されたとする。
この結果は、野生型マウスでは2-AGが海馬歯状回の神経回路の興奮性を抑えているが、DGLαノックアウトマウスでは海馬歯状回の神経回路の興奮性が高まっていることを示すもので、研究グループでは神経回路の興奮性が高まると、シナプスを介した情報伝達が長期的な変化を起こしやすくなることが報告されていることを受け、自由行動下のマウスにおいて刺激パターンである「シータ波刺激」を用いて海馬歯状回への入力線維を刺激し、シナプス伝達の長期的な増強の引き起こしが行ったところ、DGLαノックアウトマウスでは野生型マウスと比較して増強の程度が有意に大きくなっていることが判明。
これまでの研究で、シナプス伝達の長期的な増強を学習前に引き起こしておくと、情報を記録する余地が減ることで、新たな学習が障害されることが報告されていたが、この結果を受けて、DGLαノックアウトマウスにおける馴化の促進と海馬歯状回のシナプス伝達の増強が関連している可能性が考えられたことから、さらに馴化刺激をマウスに与える前にシータ波刺激を与え、シナプス伝達の長期的な増強がこれ以上起きない状態で行動実験が実施したところ、野生型のマウスではシータ波刺激を与えた群と与えない群で馴化の速度に有意な変化は認められなかったものの、DGLαノックアウトマウスではシータ波刺激を加えた群で馴化が有意に遅延していることが示されたという。
この結果について研究グループでは、DGLαノックアウトマウスの馴化の促進には海馬歯状回のシナプス伝達の増強が必要であることを示すものであり、内因性カンナビノイドの2-AGが海馬歯状回の興奮性を低下させシナプス伝達の変化を抑えることで馴化を遅延させていることを示唆するものであるとしており、今回の試験はあくまでマウスによるものだが、今後、モデル動物やヒトでの研究が進むことで、環境への適応を含めた広い意味での学習障害である統合失調症や自閉症などの病因の解明につながることが期待されるとコメントしている。