科学技術振興機構(JST)、東京大学(東大)、明治大学(明大)の3者は、遺伝子導入と体細胞クローニング技術を用いて、すい臓のないクローンブタを作ることに成功し、さらにこのすい臓のないクローンブタに体細胞クローニング技術と「胚盤胞補完法(Blastocyst complementation)」を用いて、健常ブタの胚細胞由来のすい臓を作ることに成功したと発表した。
成果は、東大 医科学研究所の中内啓光教授、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「中内幹細胞制御プロジェクト」の松成ひとみ研究員、同プロジェクトチームの明治大学 農学部 生命科学科の長嶋比呂志教授らの研究グループによるもの。研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われ、詳細な内容は2月18日の週に「米国科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載される予定。
多能性幹細胞であるES細胞やiPS細胞から臓器を作り出すことは、再生医療における目標の1つだが、実際に臓器を作るためには、その立体的な構造を生体外で再現しなければならないという問題がある。
研究グループでは、その課題の解決に向け、特定の細胞を作る能力を欠損しているマウスの胚盤胞に正常なマウス由来の多能性幹細胞を注入し、キメラが成立すると、欠損した細胞が完全に多能性幹細胞由来のものに置き換えられるという「胚盤胞補完法(Blastocyst complementation)」による臓器作製を目指した研究を進めてきた。
同法は、15年ほど前にリンパ球を欠損したマウスを用いる形で原理が報告されたもので、研究グループでも2010年に、遺伝的にすい臓を欠損するマウスの胚盤胞に、ラットの多能性幹細胞を注入することで、マウスの生体内でラットのすい臓を作ることに成功したことを報告していたほか、腎臓を欠損したマウスの胚盤胞に同種の多能性幹細胞を注入することで、欠損していた腎臓を外来性幹細胞から作り出すことに成功しており、これらの成果から、すい臓や腎臓のような固形臓器の生産にも胚盤胞補完法が応用可能であること、ならびにマウス、ラットという異種動物間においても胚盤胞補完原理が適用できることが示されていた。
今回、研究グループでは、同法を用いてヒト臓器の作製を目指すために必要となる、マウスやラットなどの小型動物よりも大型な動物を用いた臓器の作製を目指し、ヒトに類似した特徴を持つブタを用いて、技術的基盤の構築に向けた研究を行ったという。
最初に、すい臓を持たないブタを作り出すこと研究を開始。マウスを用いた実験では、Pdx1遺伝子の破壊という方法が用いられていたが、ブタでは遺伝子破壊に時間がかかるため、Pdx1-Hes1遺伝子の過剰発現によってすい臓形成を阻害するという方法を採用。具体的には、Pdx1-Hes1遺伝子を顕微授精法でブタ卵に注入することで、すい臓のないブタ(キメラブタ)を作製したという。
しかしこのキメラブタはすい臓がないため、生後まもなく重度の高血糖症状などにより死亡してしまうことから、成長後に繁殖させ、胚(受精卵)を採取することができない。そこで研究グループは、すい臓のないブタの細胞から、体細胞クローニング技術によってクローン胚(ホスト胚)を作り、ホスト胚に健常なブタから作り出したクローン胚の細胞(ドナー胚)を注入する胚盤胞補完を実施。この際、健常なブタとして、赤色蛍光タンパク質(humanized Kusabira-Orange)遺伝子を持つブタと褐色の毛色を持つブタを用いることで、得られるキメラ個体が、蛍光発現と毛色によって識別できるように工夫が施されており、これにより、キメラ状態になった産仔を複数得ることに成功。正常に成長し、すい臓機能や繁殖能力も正常であることが確認されたとする。
この結果は、胚盤胞補完システムが大型動物にも適用可能であることを示すものであるほか、体細胞クローニング技術が臓器欠損個体の胚を大量に生産するために有用であることを示すものであると研究グループでは説明する。
野生型ブタとすい臓欠損を誘導したブタ胎仔の内臓所見。胎齢約80日の胎仔におけるすい臓の所見。画像2(左)の野生型ではすい臓が明瞭に見えるが(黄色点線)、画像3の欠損ブタ(右、黒矢印)ではすい臓が喪失している |
今回の成果を受けて研究グループでは、次の研究の焦点である、すい臓欠損ブタ胚に対する異種間胚盤胞補完が可能であるかどうかを試みることができるようになると説明しており、生殖可能年齢になったキメラブタが自然交配することで、それらの個体を用いて、すい臓を欠損する性質を持った受精卵を採取できるようになることから、Pdx1-Hes1遺伝子を持つブタ胚に、ウシ、ヒツジ、サルなどの多能性幹細胞を注入した大型動物における異種キメラの作製・臓器置換を試みることが可能になるとする。
また、胚盤胞補完で得られたキメラブタの次世代の胎仔の体内にヒト多能性幹細胞由来のすい臓を形成する実験を行うことで、ヒトの臓器の再生に向けた研究が進むことが期待されるとする。現在の研究では、倫理上、ヒトの多能性幹細胞を注入したブタ胚をブタの子宮に移植して、胎仔期以後の発育を調べる研究を行うことができない。今回の成果を応用することで、すい臓欠損ブタ胎仔の体内に、すい臓への分化を誘導したすい臓の前駆細胞を移植し、ヒトのすい臓を作り出す試みが可能になるという。
さらに、ブタ胎仔の免疫機構は妊娠中期以前には未発達であることから、同時期にヒトの細胞を移植しても拒絶反応が起こらないため、患者由来の多能性幹細胞や、そこから生体外で分化させた細胞や組織を大型動物の個体の中に適切なタイミングと場所に移植することで、自身の臓器を作ることも可能になるかも知れないとしてするが、現在の日本のガイドラインではヒト多能性幹細胞を注入した動物の胚を子宮に入れて発育させることが禁じられているため、これ以上の実験を進めることは難しいが、研究グループでは今後、今回の成果を受ける形で生命倫理や法律についての議論が進むことが期待されるとコメントしている。