宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2月15日、フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡(フェルミ望遠鏡)を用いた観測から、宇宙線陽子が超新星残骸にて生成される決定的な証拠を発見したと発表した。

同成果はJAXA 宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系の高橋忠幸 教授、京都大学大学院理学研究科の田中孝明 助教、米SLAC国立加速器研究所の内山泰伸氏、米国スタンフォード大学のStefan Funk氏らによるもの。詳細は2月15日付の米国科学誌「Science」に掲載された。

JAXA 宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系の高橋忠幸 教授

フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡は、2008年6月に打ち上げられ、搭載されている主検出器(大面積望遠鏡:LAT)は日本、アメリカ、イタリア、フランス、スウェーデンによる共同開発で作られ、約107eV以上のガンマ線に感度を持った大型観測衛星。2013年2月15日時点で同衛星を活用した論文は200本を超しており、「ここまで成果を出すとは打ち上げ前には思っていなかった」とJAXAの高橋教授は語る。

ちなみに日本では、日本のフェルミ衛星チームを構成し、運用に参加しているほか、解析なども行っており、現在はJAXAのほか、広島大学、東京工業大学、早稲田大学、茨城大学、東京大学、名古屋大学、青山学院大学、京都大学がチームメンバーとして参加しているという。

宇宙から地球に降り注ぐ高エネルギー粒子である宇宙線には、地球の大気に降り注ぐまでの1次宇宙線。地球大気に触れ、大気中のちっ素や酸素の原子核と衝突しミュー粒子などを生じさせる2次宇宙線に大きく分けられるが、1次宇宙線では陽子やヘリウムなどの原子核(陽子成分)が99%を占め、残りの1%が電子成分であることが知られている。

しかし、その宇宙線がそもそもどこから飛来してくるのかについては、宇宙線が発見された1912年以降、謎になっていた。現在では理論的な考察などが進められた結果、星が最期を迎え超新星爆発を発生した際に、噴出物が超音速で広がり、衝撃波を発し、その衝撃波においてフェルミ加速により陽子や電子などの粒子にエネルギーが与えられ、それが最終的に宇宙に放出されるといった、超新星残骸が生成源であるという仮説が立てられている。

ただし、それを実際に観測するためには、観測機器の精度が不足しているなどの問題から、これまで観測することができなかった。例えば、単純に地球に飛来した陽子を観測すれば、その延長線上に生成源があるのか、というと、実際の銀河(星間空間)には磁場が存在するため、それにより電子や陽子が曲げられてしまうことが知られており、もし宇宙線を観測しても、それが本当に直線的に来たのかどうかが保証できなかったという。これを解決することを目指したのが、磁場で方向が変わらない宇宙線が放出する電磁場放射(ガンマ線やX線、電波など)による観測手法だ。

宇宙線は電荷を持つため、磁場によりその方向が変化してしまうため、飛来した宇宙線を観察したとしても、その延長線上に生成源があるとは限らない (c)JAXA

ちなみに宇宙線電子の起源については、すでに日本のX線天文衛星「あすか」を用いた観測などから判明しているという。電子は陽子に比べて質量が1/2000程度と軽く、磁場によって容易に曲がるが、その際にシンクロトロン放射が生じる。あすかの観測から、超新星残骸からもシンクロトロンX線が検出されており、これが1012eV以上の宇宙線電子が生成されている証拠として示されている。

一方、宇宙線陽子は、質量が電子に比べ2000倍ほどあるため、放射しにくいという課題があったほか、もし放射を捕えたとしても、それが陽子からの放射なのか、電子からの放射なのかの区別することが難しいなどの問題があり、これまで観測が困難であった。

フェルミ望遠鏡では、陽子からの放射で有望な機構とされる「中性パイ中間子崩壊」の活用による観測が用いられている。高エネルギーの陽子が周囲のガスを構成する陽子や原子核と衝突した際に、「+の電荷をもったもの」、「-の電荷をもったもの」、そして「電荷をもたないもの」の3種類のパイ中間子が生じ、その内、電荷をもたないパイ中間子の崩壊時に放出されるガンマ線を捕えようというもので、中性パイ中間子崩壊による放射が低エネルギー側で急激にエネルギーフラックス(エネルギーの強度)が小さくなるという特長的なスペクトルを示すためである(例えば電子からの制動放射では低エネルギー側でも急激に小さくなるということはない)。

フェルミ望遠鏡では中性パイ中間子崩壊を用いることで宇宙線陽子の生成源を探ることが試みされてきた (c)JAXA

近年の研究から、高いエネルギー帯域における報告はあったが、観測技術や精度が足りず、低い領域の観測ができず、それが中性パイ中間子崩壊による放射かどうかを明確にすることができなかった。今回、データ解析法の最適化や検出器較正精度を10倍程度引き上げることで、超新星残骸からの放射が本当に中性パイ中間子崩壊による放射であることを示すことができるようになったという。

実際の観測は、フェルミ望遠鏡で観測されている中でもガンマ線照射が強い超新星残骸であるふたご座方向約5000光年の場所にある「IC443」とわし座方向約9000年の場所にある「W44」の2つを対象に行われた。

超新星残骸「IC443」。マゼンタがフェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡で得られたガンマ線画像で、黄色が可視光。青、水色、緑、赤は赤外線で得られた画像。(c)NASA/DOE/Fermi LAT Collaboration, Tom Bash and John Fox/Adam Block/NOAO/AURA/NSF, JPL-Caltech/UCLA

超新星残骸「W44」。マゼンタがガンマ線画像。黄色、赤、青はそれぞれ電波、赤外線、X 線で得られた画像。(c)NASA/DOE/Fermi LAT Collaboration, NRAO/AUI, JPL-Caltech,ROSAT

観測の結果、実際に低エネルギー領域で急激に強度が下がっていることが確認され、理論曲線と観測値のそれが一致していることも確認され、実際に中性パイ中間子であることが証明されたという。

さまざまな技術が向上した結果、これまでの観測精度から10倍ほど引き上げられ、これによりより低エネルギー領域の観測が可能になった(フェルミ望遠鏡そのものはより低エネルギー領域の観測も可能だという) (c)JAXA

実際にガンマ線(カラー画像)および電波(緑の等高線)を用いて観測されたIC443ならびにW44の画用 (c)JAXA

観測から得られたガンマ線スペクトル。高エネルギー側の白抜きの四角と十字は地上観測によるデータ。エネルギーフラックスの単位はerg/s/cm2 (c)JAXA

今回の成果を語る京大の田中孝明助教

この結果、「宇宙線陽子、いわば宇宙線の起源が超新星残骸であることが示された。今回の成果は、フェルミ望遠鏡の開発当初から掲げられていた目標の1つで、これでようやく色々な具体的な観測を進めることができるようになる」と京大の田中助教は語る。

なお、今後、さらに研究を進めることで、超新星残骸において、電子と陽子がどの程度の割合で加速されているのか、宇宙全体における宇宙線のどの程度が超新星残骸から生成されているのか、観測から得られたガンマ線スペクトルが高エネルギー側に行くほど2つの超新星残骸で離れていっているのはなぜか、といった謎を2013年度に打ち上げが予定されている日本の6番目のX線天文衛星「ASTRO-H」なども活用することで、解明していきたいとしている。