産業技術総合研究所(産総研)は2月12日、北海道大学(北大)、九州大学(九大)、香川大学と共同で、産総研が開発したサブミクロン球状粒子作製法(液中レーザー溶融法)により得られた酸化亜鉛(ZnO)粒子からなる薄膜に光学的な欠陥粒子を導入すると、発振特性に優れたランダムレーザーとして動作することを実証したと発表した。

成果は、産総研ナノシステム研究部門 フィジカルナノプロセスグループの越崎直人 主任研究員、北大 電子科学研究所の藤原英樹 准教授、九大 先導物質化学研究所の辻剛志 助教、香川大学 工学部の石川善恵 准教授らによるもの。詳細は2月25日に米国科学誌「Applied Physics Letters」に掲載される。

図1 今回作製されたZnOサブミクロン球状粒子膜の電子顕微鏡写真とこれを利用したランダムレーザー素子の模式図(左)。欠陥におけるレーザー発振特性(右)。

一般的にレーザー素子は、レーザー発振を起こさせる明確なキャビティー構造が必要なため、高度な材料合成・加工技術が必要である。一方、ランダムレーザーは、キャビティー構造を必要とせずに簡便・安価に作製できるランダム構造を利用してレーザー発振を起こす素子として注目を集めてきたが、一定の構造をもたないため、多波長で発振する、レーザー発振ピークのS/N比が低い、発振しきい値が大きい、といった問題点からレーザーとしての十分な性能が得られていなかった。

こうした課題の解決に向け研究グループは今回、ランダムレーザーの高性能化を目指した材料設計を行った。具体的には、北大の藤原准教授が、これまでの研究からランダムレーザーに関する研究を発展させることで、散乱体のサイズや形状が均一である光散乱体の集合体がある特定の波長範囲で非常に小さな透過率になり一種の鏡として働くことや、均一サイズの光散乱体の集合体中に点欠陥を導入すれば特定の波長領域の光を空間的に閉じ込められることを検証してきており、この点欠陥のサイズが光散乱体のサイズよりも大きく、また欠陥と同様に機能する空隙が存在しないことが重要となるということを検証することを目指したという。

同手法の有効性を示すため、すでにランダムレーザー発振の報告が多くあるZnOを光散乱体および利得媒体として選択。近年の研究にて、ZnOの発光波長(380~390nm)付近の光に対して粒子を鏡のように働かせるために最適な粒径が約200nmであることが報告されていることから、不定形の原料ZnO粒子を水中に分散させ、これに非集光のパルスレーザー光照射(波長:355nm、パルス幅:6ns、繰り返し周波数:10Hz)を行うことで、平均粒径が約212nmのZnO粒子を作製し、そのZnO粒子を分散させた液に緑色の蛍光ポリスチレン粒子(ポリマー粒子、平均粒径:900nm)を欠陥粒子として加え、ガラス基板上に滴下し、乾燥させて厚さ約100μmの膜を作製したという。

図2 左は欠陥として導入されたポリマー粒子(矢印)の蛍光画像。緑色の蛍光から欠陥粒子の場所を特定できる。一方の右は同じ領域の励起光強度が10MW/cm2のときのレーザー発振強度分布。矢印1は欠陥として導入したポリマー粒子の位置、矢印2はZnOサブミクロン球状粒子の位置

レーザー発振特性評価には、励起光としてパルスレーザー光(波長:355nm、パルス幅:100ps、繰り返し周波数:1kHz)を、対物レンズを使用して膜に照射(スポットサイズ:約65μm)。ZnOからの励起子に由来した蛍光やレーザー発振光は、同じ対物レンズで集光し、ピンホール(試料面で約1μmに相当)を通過後、光ファイバーで検出器に導入。このポリマー粒子の場所での発光スペクトルを、しきい値の0.5倍、1.0倍、2.0倍の強度の励起光を照射して計測したところ、波長約380nmの単一の鋭いレーザー発振ピークが観測されたたほか、励起光の強度をしきい値の5倍まで上げても、レーザー発振ピーク波長のふらつきや他のピークの発生は確認されなかったという。また、一般的なランダムレーザーに見られるようなバックグラウンド信号の蛍光ピークの狭線化や増大も観測されなかったという。

一方、欠陥から離れた場所で得られたスペクトルからは、388nm付近にピークをもつ発光スペクトルと鋭いピークがそのピーク波長付近で観測されたほか、ピーク強度は励起エネルギーや励起パルスごとで変化し不安定であることが確認されたという。

研究グループではさらに、サイズが揃っていないZnO原料粒子とポリマー粒子を用いて、同様にランダム構造の膜を作製したところ、欠陥位置でのランダムレーザー発振の挙動は、多重ピークが388nm付近に観測され、典型的なランダムレーザーの挙動とよく似ていることが確認されたことから、今回作製されたサブミクロンサイズの球状粒子が、良好なレーザー発振を得るために重要な役割を果たしていることを示した結果だと説明する。

図3 ポリマー粒子以外の場所(図2右の矢印2)(左)とサイズが揃っていないZnO原料粒子とポリマー粒子を用いて同様に作製した膜の欠陥位置からのレーザー発振スペクトル(右)

図4 欠陥位置(左)および欠陥位置以外の場所(右)における励起光強度とレーザー発振ピーク強度との関係。矢印はしきい値エネルギーであり、レーザー発振スペクトル中に最初に鋭いピークが現れる励起光の強度として定義されている。励起光の強度がしきい値を超えると、鋭い発光ピークの強度が非線形的に増えることから、欠陥の有無に関わらず、ランダムレーザー発振が生じていたが、欠陥位置でのしきい値は約6MW/cm2であり、欠陥のない場所のしきい値約80MW/cm2のおよそ1/13と小さくなり、容易にレーザー発振を起こさせることができることが示された

また、欠陥位置でのレーザー発振の空間的な広がりはレーザー発振ピーク高さの欠陥中心からの距離依存性から約1300nmと見積もられ、レーザー発振モードは欠陥の周りに空間的によく閉じ込められていることも示されたことから、比較的サイズの揃ったZnO粒子薄膜にポリマー粒子を導入するだけで、レーザー発振領域を欠陥位置に限定することができるようになり、レーザー発振モード数の減少やレーザー発振波長の制御、および低しきい値化などのランダムレーザーの性能を向上できることが示された。

なお、今回開発された作製法では、サブミクロンの球状粒子が分散した液に欠陥としてポリマー粒子を添加し、この分散液を塗布するだけでランダムレーザーを作製できるため、小型で安価なレーザー素子を容易に作製することが可能になり、幅広い技術へと応用先を広げることが可能になることが期待されると研究グループでは説明。今後は粒子のサイズ均一性向上や他の波長のランダムレーザー開発を目指した物質の探索などに取り組んでいく計画としている。