東京大学(東大)は、分子モータータンパク質「KIF13A」が、脳内でセロトニン受容体を運んで不安を抑制する作用を持つことを明らかにしたと発表した。
同成果は同大大学院医学系研究科細胞生物学・解剖学講座/分子構造・動態学講座の周如贇 特別研究員、Stanford University, Department of Biologyのポストドクターである丹羽伸介氏、東京大学大学院医学系研究科細胞生物学・解剖学講座/分子構造・動態学講座の廣川信隆 特任教授らによるもの。詳細は米国科学誌「Cell Reports」オンライン版に掲載された。
がんや感染症などの身体的疾患は、その分子メカニズムの多くが解明され、治療や診断に結びついているが、不安障害やうつなどの精神的疾患の原因は未だによく分かっていない。そうした精神疾患の原因を解明するためには「安心」や「不安」といった感情が、脳内においてどういった分子メカニズムで生じるのかを理解する必要がある。研究グループは、これまでの研究から、キネシンスーパーファミリー(KIF)と呼ばれる一連の分子モータータンパク質群が、神経細胞の形作りや体の左右形成・記憶学習などといったさまざまな働きをしていることを明らかにしてきている。
今回の研究では、脳内に多く存在することが報告されていた分子モータータンパク質の1つである「KIF13A」の機能を解明するために、同遺伝子を破壊したマウス(JIF13Aノックアウトマウス)を作成して調査を行った。
この結果、通常のマウスはエサを積極的に探すが、同ノックアウトマウスはあまり動き回らないほか、明るい所より暗い所に隠れようとする性格が強くなるといった不安を強く感じる「心配性」の表現を示すことが確認された。
安心や不安といった感情は、神経細胞表面で働くセロトニン受容体がコントロールしていることから、研究グループでは、同ノックアウトマウスのセロトニン受容体を調査。その結果、神経細胞表面のセロトニン受容体の量が減っていることが判明したほか、通常の神経細胞内ではセロトニン受容体は細胞表面まで運ばれるものの、同ノックアウトマウスの神経細胞ではセロトニン受容体が細胞内に集積されていることも確認されたという。
これらを受けて、生化学的な実験を実施したところ、KIF13Aがセロトニン受容体と結合することが判明したほか、全反射照明蛍光顕微鏡(TIRF:Total Internal Reflection Fluorescence)を用いてセロトニン受容体が実際にKIF13Aにより輸送されている様子を顕微鏡下で再現することにも成功したという。さらに、精製したKIF13Aと蛍光標識したセロトニン受容体、そして細胞内でレールとして働く微小管を混ぜたところ、セロトニン受容体が微小管の上を動く様子が観察されたほか、KIF13Aを除くと、動きがないことも観察することに成功したという。
今回の成果は、セロトニン受容体のような脳内受容体だけでなく、分子モーターも高次の脳機能に関わっていることを示唆するものであり、研究グループではKIF13Aの働きが弱いと不安を強く感じ、精神的な疾患にかかりやすいリスクが上がる可能性があると指摘。また、抗不安薬や抗うつ剤としてはセロトニン受容体を標的とした薬物が多いが、今回の発見から、分子モーターもそうした薬物の標的となることが示されたと説明している。