名古屋大学(名大)は1月30日、埼玉工業大学との共同研究により、「軌道角運動量」の異なる2つの電子を生成し、それらを重ね合わせる実験を行った結果、それらが互いに干渉し合うこと(波のように強め合ったり弱め合ったりすること)を証明し、電子の新たな「基本的な性質」を明らかにしたと発表した。
成果は、名大 エコトピア科学研究所 ナノマテリアル科学研究部門の齋藤晃准教授、同・田中信夫教授、同・長谷川裕也、同・情報科学研究科の谷村省吾教授、埼玉工大 先端科学研究所の内田正哉准教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本物理学会発行の国際ジャーナル「Journa l of Physical Society of Japan」に掲載の予定。
物体の運動には並進(直進)と回転がある。並進運動と回転運動の大きさは、それぞれ「運動量」と「角運動量」という。後者の角運動量には、「スピン角運動量」と軌道角運動量がある。太陽を回る惑星の運動に例えれば、前者は惑星の自転運動を、後者は惑星の公転運動を表すものだ。
そして電子が自転していること、つまりスピン角運動量を持つことはすでに認識されており、「スピントロニクス」などでお馴染みだ。一方、ごく最近になって、自由空間を運動する電子が軌道角運動量を持ちうることが発見され、現在、この電子の物理的性質の解明や計測技術への応用研究が世界的に行われている。
電子は1897年に発見され、照明や通信、さらにはコンピュータなどわれわれの生活の中で役に立つ働きをしているのは、今さら改めて説明するまでもないだろう。
そして、空間中を伝わる光や電子は粒子としての性質と波としての性質の両方を併せ持つことが知られている。波であることを示す最も顕著な現象は「干渉」だ。これは、波の山と谷が重なり合って強め合ったり弱め合ったりする現象である。
今から200年ほど前、英国のT.ヤングは2つのスリットを設けた板に光を入射し、後方のスクリーン上で干渉縞を観察した。これは、光が波としての性質を持つ証拠となっている。
また1989年には、故・外村彰 博士が、1つ1つの電子が干渉することを電子顕微鏡の中で確かめた。2つのスリットに電子を1つずつ入射する操作を多数回繰り返したところ、スクリーン上に干渉縞が現れることが見出されたのである。
しかし、波だからといって必ず干渉現象を示すとは限らないのもまた光や電子の特徴的なところだ。光には偏光方向が互いに垂直な2つの状態がある。2つのスリットに互いに異なる偏光状態だけを通すフィルター(偏光板)をそれぞれ設置すると干渉縞が消失してしまう。これは、偏光状態の異なる光どうしは干渉しないことを示す。同様に、スピン(自転)の向きの異なる電子どうしも干渉しないと考えられている。
2010年に、埼玉工大の内田准教授と、故・外村博士により軌道角運動量を持ち自由空間を伝播する電子が作り出された。通常の電子の波面は平坦だが、この電子は波面がらせん状であるという特徴を持つ。
そこで研究グループは、「軌道角運動量の異なる電子は干渉するか?」という最も基本的な物理的性質の解明を目指した。この問題を解決するために、さまざまな軌道角運動量を持つ電子を生成し、それらを重ね合わせ、干渉縞を観察する実験が行われたのである。
研究グループは、さまざまな軌道角運動量を持つ2つの電子による干渉実験をヤングの実験と同じレイアウトで実施した。軌道角運動量を持つ電子は特殊な形状含む回折格子により生成することができる。
2重スリットの各スリット位置に回折格子を配置するため、研究グループはまず厚さ200nmの白金薄膜を作製し、FIB(Foc used ion beam:0.01μmレベルの加工が可能な、Gaイオンの収束ビームによって試料を切削する装置)による微細加工が行われた。
そして作製された回折格子を透過型電子顕微鏡に挿入して電子線を照射したところ、2つの回折格子それぞれから回折波として軌道角運動量を持つ電子波が生成された次第だ。それら2つの電子波をスクリーン上で重ね合わせ、干渉現象を示すかどうかが観察された。
同じ軌道角運動量を持つ電子の場合、ヤングの実験と同様に干渉を生じることが期待され、実験でもその期待通りに干渉縞が出現。軌道角運動量が異なる場合、光の偏光や電子のスピンの場合の類推から干渉しないように思われたが、今回の実験で干渉することが確認されたのである。この結果から、電子の軌道角運動量は電子のスピンや光の偏光とは性質の異なる物理量であることが初めて明らかになったというわけだ。
さらに、干渉する2つの電子の軌道角運動量の差を反映して、干渉縞の模様が変化することも発見された。つまり、どちらか一方の軌道角運動量がわかっていれば、干渉縞から電子の軌道角運動量が決定できることが明らかになったのである。
今回の研究によって、異なる軌道角運動量を持つ電子が干渉することが初めて確認された。量子力学では、干渉現象が生じるためには、測定する物理量の間にハイゼンベルクが見出した「不確定性関係」(電子のように、位置と運動量を正確に同時決定できないというような関係)が成り立つことが必要だとされている。今回の実験は、軌道角運動量と位置、あるいは軌道角運動量と並進運動量の不確定性関係を実験的に示したことになるという。
また、今回の研究で示した軌道角運動量の計測法を応用することにより、軌道角運動量をモニターするまったく新しいタイプの電子顕微鏡法の開発などが期待されると、研究グループはコメントしている。