イケア・ジャパン、東京電機大学(電大)、芝浦工業大学(芝工大)、日本大学(日大)理工学部からなる研究グループは1月10日、2010年9月より推進している共同研究「子ども室プロジェクト」に関する研究成果を経過報告会という形で発表した。

子どもが家の中で置かれる環境は、社会的な観点からも、住環境的な観点から見ても、まだまだ快適とは言えず、配慮が必要と言える。そのため子どもにとって快適な環境づくりをするためには、子どもの置かれている現状を知り、その結果をより良い環境づくりに反映していくことが求められる。特に小学校の児童においては、1年生から6年生までの間に、児童の心身における成長や社会との接点の変化などにより、生活パターンも目覚ましく変化していくこととなる。

同プロジェクトは、こうした児童(小学生)自身が落ち着ける子ども室・子どものための空間(居場所)のあり方についての研究を行おうというもの。研究を担当したのは、電大 理工学部の勝又研究室を中心としたグループ、日大理工学部の本杉研究室、芝工大工学部の清水研究室らで、それぞれが得意分野に分かれて研究が進められている。

子ども室は生活空間というよりも拠点

日大の本杉省三 教授

最初に登壇した日大の本杉省三 教授は建築学的な視点から、「住まいにおける子ども室の位置づけと子ども室のイメージ」に関する研究を進めている。具体的には以下の5つのアプローチを用いて研究が進められた。

  1. 子ども室の位置付けを歴史的に振り返る
  2. 大学生が育った住まいと子ども室についての調査(協力:日大 工学部の浦部研究室)
  3. ハウスメーカーが考える子ども室についての調査
  4. 建築家が考える子ども室の調査
  5. 親が考える子ども室を実物大でレイアウト実験による調査(電大との共同調査)

これら5つの研究調査より判明したことは、日本では明治後期/大正を境に、家そのものの在り方が、家の格といったものから、「家族の場/家族本位」へと変化してきたことが挙げられるという。その根底にあるのは、教育の普及による子ども室=勉強の場というイメージの構築であり、洋風化が進んだことによる中廊下タイプの住宅の登場によるプライバシー性を尊重するという意識の高まりとも合致するという。

また、どういった部屋が子ども室の隣に配置されているか、というと寝室が当初は多かったが、やがて居間の隣が増えていっている。こうした動きについて本杉氏は、「元々日本人は教育熱が高く、学校の教育体制の整備とともに平民でも高等教育を受ける機会が増加しており、それに伴って、子ども室が増えていったと考えられる」と分析する。

調査の前提となった、現代の子どもを取り巻くさまざまな環境要因

では、現代はどうかというと、日大の理工学部と工学部の学生を対象とした選択式51項目+記述式1項目のアンケートの結果、家で宿題をした場所は女性では居間などの共有空間であったが、男性では子ども室が中心となっており(子ども室で宿題をした割合そのものが25%、女子では8%)、子ども室は教材やランドセルを置く場所という認識が高いことがうかがえ、結果として子どもの居場所は家族みんなが居る(感覚がある)ところ、ということになるという。

実際に大学生を対象に小学生の時に放課後、どこで過ごしたかについてアンケートを行った結果、圧倒的に居間で過ごしたことが多いことが判明した

また、親と子どもでは子ども室に対する意識の違いも浮き彫りになった。子どもは子ども室を自分の場/好きなことをする場、と認識しているのに対し、親は学習の場であったり、居間に次いで大切にしたい場、という認識を示していた。こうした意識を受けてか、ハウスメーカーも住宅の間取りを個室重視から、フレキシブル性を持たせる形が増えてきており、居間などの共有部に机を置けるようにするなど、室同士でつながるような工夫も見せるようになってきたという。

子どもと親では子ども室に対する意義付けが異なっていることも浮き彫りとなった

さらに、建築家の思想としても、10年前は雑誌に掲載されるようなフロアプランでは個室タイプが60%を占めていたが、現在は非個室タイプの方が60%を超す比率になってきており、実際に家庭訪問で、そうした建築家が手掛ける家に住む人を調査したところ、個室の中で子どもが前部できるような部屋にはしてほしくない、といった意見が多かったという。

建築やインテリアそのものに詳しい人は増えているが、それが生活の質そのものに結びついて、空間をどうやって作って行くか、ということに結びついている人はまだまだ少ない。とはいえ、住宅を提供する側なども非個室タイプの割合を増やすなど、徐々に変化の様子を示すようになってきたという

こうして導き出された答えとしては、「子ども室は生活空間というよりも拠点であり、子どもが1人になりたい時、閉じこもれる感覚になれる場所である。これは、決して広くなくても、思いのままにレイアウトを変更でき、それによる縄張り感が作り出せる場所、というものにつながる」という。また、一方で広がり感も重要で、縄張り感と広がり感を両立できる、かくれんぼ(自分の身を隠す場所)と鬼ごっこ(空間的な広がり感)を同時にできる空間があることで、自分の居場所と居心地を感じることができるようになるとした。

子ども室は一人になれる場所であり、そうした思いは大人も共通してもっている。では、自分の居場所と良い居心地を感じるためには、というと、感覚としては、かくれんぼと鬼ごっこが同時にできるような、見渡せば全体が見えるが、隠れられるような場所が点在している場所や空間が良いのではないかということであった

父親の部屋は書斎ではなく…

芝工大の清水郁郎 准教授

2番目に登壇したのは芝工大の清水郁郎 准教授。「子どもは理想的な教室があるかないかに係わらず、日々の生活の中で工夫をしている」という仮説を立てて、都内の集合住宅に居住する小学生の子どもを持つ家族を対象に、居間と住み方の実証的調査を行ったという。

調査内容は、住宅平面の実測、物品調査、居住者に対するインタビューなどで、調査対象となった住宅は13例。延べ床面積の平均は76.76m2で、世帯構成人数の平均は4.0人。東京で共同住宅に暮らす世帯の平均より居住面積の余裕は少ないという。

結論としては、家族が使うものや、それに関連する行為(読書やPCの作業 、学習、遊びなど)がどこで行われるかの分析などから、家族全員がLDKに集中して集まることが分かり、決してLDKは食事してくつろぐだけの空間ではないということが示唆されたという。

一方、子ども室は、それほど使われておらず、子どもの行為のほとんどはリビングで行われていることも判明。例えば、ある小学生の家内における導線を調べたところ、学校から帰ってきたら、荷物を部屋に投げいれ、必要なものを持ってリビングにいって遊んだり、学習したりする。また、友達が遊びに来ても主な場所はリビング周りになっていることが判明。これは、子どもだけではなく、家族全員が同様にリビングに集まる行為が見られ、隣接室もあるにはあるが、父親も家にいるときはほぼリビングで過ごすことが確認されたという。その結果、子ども室の役割のメインはものの置場であり、重要な行為は総じてリビングで行われていることが判明した。

多くの場合、子ども室は子どもにとって、自分の大切なものなどを置いておくためだけの場所になっている

この結論は、LDKという構造が、建築側が考えているほど、計画通りに使われていないことが示されたもので、極端な例ではダイニングスペースで食事が行われていなかったりと、LDKという名前で示される規範以上に、居住者たちが自由に使っている様子が見て取れたとする。

LDK空間に人が集まってくる理由はテレビの視聴、昼寝などのくつろぎ、といったようにさまざまだが、それにともなって色々なモノもそうした空間に集まることとなる

こうして、家族がリビングで多彩な行為を行っていくと、必然的にものもそこに集まっていくこととなる。調査の中で、いくつかの住居で、父親のための部屋があったが、いわゆる「書斎」ではなく、物置部屋であったという。一方、母親はどこで色々なことを行っているかというと、リビング、もしくはダイニングのテーブル上でほぼすべてのことを行っていることが見られたとのことであった。

さらに別角度の調査として、ものを全部プロファイルする生活財生態学を実施したところ、居室面積の大きさと物品数に相関関係はないことが判明し、部屋が大きくても物は増えないということが分かった一方で、子どものものに関しては、学校で使っているものと塾などの習い事で使っているものが比較的多く、学校と同程度に塾などの習い事が重要な位置を占めていることが示された結果となったという。

生活財生態学を実施した結果、学校もしくは塾や習い事で使っているものがかなりの数に上っていることが判明したが、その数と部屋の広さに相関関係は見られなかったという

結論としては、LDKはさまざまな行為とものが並存する空間であり、設計/建築側が意図したようなLDKという役割以上の機能が集約しているが、居住者はあまりそうしたことを気にせずに、それぞれが居心地の良い空間を生み出して生活をしていることが窺えたという

子どもの可能性を広げる子ども室とは?

電大の勝又洋子 教授

最後に登壇したのは電大の勝又洋子 教授。日大と共同で子ども室の現状をアンケート調査したほか、「子どもの目線と大人の目線の比較をワークショップを通じて行う」ということを実施し、親が考える理想の子ども室のあり方と、子どもが考える理想の子ども室の差を調べた。

ワークショップの実施に当たって「子ども室を親が用意しても物置と化し、寝るだけの部屋になる。なぜ、子どもは子ども室を使わないのか」という問題を提起。この仮説として、親が用意した部屋が子どもに合っていないのかもしれない、ということ、ならびに子どもの感性をつぶしているのかもしれない、ということを立て、実際にワークショップが行われた。

ワークショップの目的は、子どもの思考と大人の思考の違いを家具の配置から読み取ろうというもの

ワークショップの具体的な内容だが、小学生とその親9組を対象に、イケアジャパンが用意した白を基調(色彩がなるべく設置場所などに影響を与えないように配慮した結果が白になったとのこと)とした各種家具を、広さ6畳(内法)の部屋に、子どもと大人が別々に分かれて、好きなように配置して、どうしてその順番で配置したのか、などの聞き取り調査を行うという形で行われた。

ワークショップの概要

感性表現を家具の配置から見て、そこから子どもと親としての違いを調べるという形で行われたこのワークショップの結果、大人の考える子ども室と、子どもが望む子ども室にギャップがあることが判明した。また、低学年と高学年の子どもでも求めているものが異なることが判明したほか、体格差やヒューマンスケールにも差があり、それらを考慮する必要があることが浮き彫りになった。

実際のデータを基に比較したところ、大人と子どもの典型的な違いとして、親は家具をすべて壁に沿って配置し、センターを広く確保するが、子どもは、センターにローテーブルもしくは木製テーブルを置くというものがあった。これは特に女子で顕著で、小学5年生でも小学2年生でも同じであったという。また、2年生の男子は、ベッドを窓際に配置し、その隣に机を配置していたが、聞き取りの結果、ベッドの隣に机があれば、疲れたらベッドにすぐ行けるという理由が提示されたほか、木製テーブルを配置した子どもに聞き取りを行ったところ、普段はリビングで勉強しているとのことで、リビングを模して作ったことが判明したという。さらに、極めつけは、このワークショップでは、自分で作った部屋に5~10分ほど、扉を閉めて1人で遊ぶなどして過ごしてもらったのだが、ある5年生男子の場合、ベッドで横になっていて、本当に寝てしまったそうで、実に居心地が良かったとのことであったという。

実際にワークショップで配置された子どもによる子ども室と、大人による子ども室の様子

この調査から判明したのは、子どもが1人になりたい、集中したいという自己形成が発展してきた際に、集中の場として子ども室を与えるというのが適切ではないか、ということ。低学年の子どもには、談話的なスペースをとても求めている傾向が見えており、大人が子ども室に求める勉強や就寝といった役割のほかに、集中や遊び、コミュニケーションの場、といった役割を子どもが求めていることが見えてきた。

子どもが子ども室に求めることと、大人が子ども室に求めることにギャップがあること、ならびに6年間という長い小学校生活において、子どもも著しい成長を果たすため、低学年と高学年ではその思考も異なってくるといったことがワークショップにより示唆された

こうした差異に対し、勝又教授は、「大人は子供のためを思って部屋を作るが、子どもの心を忘れて作ってしまうため、子どもの感性に合わない部屋を作ってしまうのではないか。もう一度、子どもの心を思い出すことで、子どもの成長によい部屋を作り出すことができるのではないか」とし、自分の子どもの頃の想いを取り戻す必要があるのではないかとした。

左が大人による子ども室の家具配置例。右が子どもによる子ども室の家具配置例(実際に当日、小学生が来て配置していってくれたとのこと)