東京工業大学(東工大)は1月31日、化学式「Ca2N」の層状構造化合物が、新しいタイプの「エレクトライド(電子化物)」であることを発見したと発表した。

東工大 大学フロンティア研究機構の細野秀雄教授(元素戦略研究センター長兼任)

同成果は、同大学フロンティア研究機構の細野秀雄教授(元素戦略研究センター長兼任)と李氣汶 博士らによるもの。詳細は英国科学誌「Nature」オンライン版に掲載された。

結晶は陽イオンと陰イオンから構成されるが、この陰イオンの役割を電子(陰イオン的電子)が担う物質が「エレクトライド(電子化物)」だ。エレクトライド中の陰イオン的電子は物質中でゆるく束縛されていることが特徴で、これはイオン結晶において強く束縛されたFセンター(陰イオン位置を電子が占める格子欠陥の一種)中の電子や金属中の自由電子とも異なり、特徴ある機能を発現する物質として期待されてきた。しかし、1983年に米国ミシガン州立大学のJ. L. Dye博士らが初めて合成に成功したエレクトライドは、アルカリ金属を有機分子であるクラウンエーテルに溶解させることで実現されており、最も安定なものでも-40℃以上では分解してしまうほか、空気に曝すと分解してしまうなど、熱的にも化学的にも極めて不安定であったため、物性研究も応用の道も閉ざされていた。

細野教授の研究グループでは2003年にセメント鉱物である12CaO・7Al2O3(C12A7)の結晶におけるケージ(Ca,Al,Oで構成される0.4nmの籠)中の酸素イオンを還元処理により電子に置き換えることに成功。これにより、室温以上かつ大気中でも安定な、エレクトライドを初めて実現していた。このC12A7エレクトライドは、熱的化学的安定性と電子を放出しやすいという特長(仕事関数は金属カリウムと同程度の2.4eV)を有しており、蛍光ランプ用陰極材料に応用されているほか、2012年にはアンモニア合成触媒として優れた特性を持つことが報告されている。

2003年に発見されたC12A7エレクトライド。

しかし、これまでに報告されているエレクトライドはC12A7も含め、弱く結びついた経路を持つ量子ドット様の空洞(C12A7ではケージ)に陰イオン的電子が入るという、いわゆる0次元の形態に限定されており、この場合、陰イオン的電子は少なからず局在性を持っていた。研究グループでは、このエレクトライド中の陰イオン的電子をより非局在化することができれば、電子活性機能材料としてのエレクトライドの実用的利用がさらに開かれると考え、化合物半導体であるGaAs/AlGaAsのHEMTで用いられている異種界面によるヘテロ構造に着目。自然界にも、こうしたものが存在するのではないかということで調査を実施した結果、Ca2Nに注目したという。

C12A7は0次元で、電子はトンネル効果によって移動していくが、2次元になれば、電子の移動を邪魔するものがなくなるだめ、移動度が大幅に向上することが期待される

Ca2Nの構造は古くから知られてきたが、これまでエレクトライドと認識されてはいなかった。これは、これまでの研究に供されてきた試料には不純物が多く含まれていたほか、Ca2Nが大気中で容易に酸化されてしまうため、取扱い方法が十分とは言えず、物性が正確に評価されてこなかったためであると考えられるという。

Ca2Nの構造は、ごく薄い[Ca2N]+が層状に積層されたものとなっており、電子はこの層と層の間(4Å)に存在し、これが[Ca2N]+と結合する陰イオン的電子になることが予想されたほか、陰イオン的電子が層間において2 次元的に非局在化した状態が予想されたことから、従来にないタイプのエレクトライドであることが期待され、その確認のためにCa2Nの単結晶が作製された。

作製された単結晶は板状で、両面を粘着テープではさみ、これを引きはがす(劈開)ことで、容易に結晶層単位で劈開され、清浄表面を出せることが確認された。

実際に同単結晶の電子濃度を測定したとこと、1.39×1022cm-3と、化学式から予想される電子濃度(1.37×1022cm-3)とほぼ同じであることが確認され、仮定された陰イオン的電子のほぼすべてが電導に関与していることが示されたこととなった。これは陰イオン的電子への束縛が緩いことを示唆するものだという。

今回の研究対象となった物質「Ca2N」。[Ca2N]+が層状に形成され、その層と層の間に電子が存在している2次元的な物質と考えられた

電子濃度を実際に測定した値と化学式から予測される値を比較した結果、ほとんど一致した値となった。上部の結晶画像は、実際に作製されたものだという

また、電気伝導度は、電導度は3.6×105Scm-1(低効率は300Kで2.8μΩm)で、これは金属カルシウムの抵抗率(3.6μΩcm、電導度は2.8×105Scm-1)より低く、電導度は銀や銅とほぼ同じとなる値であった。

電気伝導度の温度変化グラフ。金属Caよりも高く、銀(Ag)や銅(Cu)と同程度であることが確認された

さらに、実際に層間に電子があるのかどうかを磁場による電気抵抗の変化にて調査。平行方向に磁場をかけたところ、抵抗率が増加するのに対し、垂直方向では減少することが確認された。これは劈開面は層に平行であるため、層に平行な方向と、垂直な方向とでは電子の挙動が異なることを意味しているほか、磁場とともに抵抗が減少する現象は、磁性を持たない物質では希であり、層間にある電子と電子の相互作用が電子と格子のそれよりも支配的であることを示すものであるという。これらの結果、電子はCa2N層ではなく層間に存在していることが支持されたほか、電導電子が層間に存在する陰イオン的電子であることは、密度汎関数法を用いた理論計算からも支持されたという。

磁場による電気抵抗の変化のグラフ(左)と計算による電子密度分布(右)。これらの結果から、Ca2Nの層間に電子が分布していることが示された

「今回、電子がイオンの層の隙間にある電子化物を実現できたが、Ca2Nそのものはすぐに酸化してしまう物質であるため、これがそのまま何かに使えるわけではない。しかし、実用的なものが発見されれば、アンモニア触媒をはじめとして、さまざまな分野で活用できるようになる。C12A7もセメントのために大量に作られてきた過去があり、きっちりと調査を行って、本気になって2次元のエレクトライドを探せば、そうした実用できる可能性を示すものが大量に出てくるはずで、すでに我々もかなりの数の候補物質を発見している。そうした意味で、今回の成果は元素戦略への有効性を示すものとなるほか、将来的には超伝導へとつながる可能性もある」と細野教授は今回の成果が、資源の乏しい日本にとって重要なものになることを強調する。

また、「電子化物はこれまで扱いづらいということで、日陰的な分野であったが、今回、あちこちに電子化物が存在することが示唆され、特に層状にすることで、新たな特長を生み出すことが期待されるようになった。今後は非常に面白い分野になる」とするほか、そうした特長を生かすことで、これまでのエレクトロニクス的な分野ではない、まったく別の分野での応用も期待できるようになるとした。

Ca2Nと他の2次元電子ガス物質との比較