放射線医学総合研究所(放医研)は1月31日、かむ動作を行うことで、注意に関する脳内ネットワークが賦活されることにより、認知課題の応答速度の改善が引き起こされていることが示唆されたと発表した。
同成果は、放医研 重粒子医科学センター融合治療診断研究プログラム 応用診断研究(MRI)チームの平野好幸客員協力研究員らと、神奈川歯科大学の小野塚実 教授(当時)らによるもの。詳細は米科学誌「Brain and Cognition」オンライン版に掲載された。
ものをかむ動作と、人の記憶、注意、実行機能などの認知機能との関連性を、心理学的手法を用いて調べるさまざまなから、ものをかむ動作はこれらの認知機能の成績の改善をもたらすということが近年、明らかになってきた。
しかし、そのメカニズムとしては、初期の局所脳血流やグルコース運搬の増加の仮説から、近年のかむ運動による交感神経系や網様体賦活系による覚醒レベル(刺激に対する応答性のレベル)の上昇、気分や不安水準の変化による覚醒レベルの上昇といった仮説まで、さまざまなものが提唱されているものの、依然として不明のままであった。そこで今回の研究では、多くの統一された研究報告がある「かむ動作が注意の向上と認知課題の実行速度を増加する」という現象について、そのメカニズムを解明するために脳活動部位の変化の調査が行われた。
今回の実験では、脳の活動部位を画像化するfMRIとして、一般的な脳診断に活用されているMRI装置よりも高磁場(3T)の装置を採用。それを用いて、17名のボランティアに注意に関する脳内ネットワークを賦活する検査を行い脳の活動を計測した。
検査の具体的な内容は、数秒から十数秒の間隔をおいてスクリーンに映る矢印の左右を当てるといったもので、もうすぐ映るという合図の有無や、矢印の左右の判別を難しくする別の矢印(妨害)の有無により、注意に関する脳内ネットワークを賦活することができる。今回は、同検査中の脳活動の差をかむ動作を伴う場合と伴わない場合で比較が行われた。
この実験の結果、かむ動作を伴う場合は、妨害の有無と合図の有無のすべての組み合わせで応答速度の平均値が下がっており、中でも「妨害なし、合図あり」、「妨害あり、合図なし」では、かむ動作を伴う場合とかむ動作を伴わない場合とで有意な差(p<0.05)があったという。
また、テスト中、fMRIの結果から前帯状回や左前頭前皮質(左上前頭回と左中前頭回)などの注意に関わる領域の活動を増強させることも判明した。
これらの結果から、かむ動作により注意ネットワークが賦活されることで、判断速度が向上し、注意力が高まっていることが示唆され、かむ機能の重要性が示されたとともに、かむ機能を温存させる必要性が示されたと研究グループでは説明しており、例えば頭頸部のがんでは、手術によりかむ機能が温存できない場合があるが、今回の研究の観点からすれば、かむことのような機能を温存させる治療法が強く望まれるとしており、そうした意味では切らずに治すことが可能な重粒子線治療が、そうした機能を温存させる治療法として期待されるとしている。
なお、今後は、かむ動作が気分(mood)によい影響を与えるという他の研究報告もあることから、不安障害や、健康不安を抱くがんを患っている人たちのQOL向上に役立てることが可能かどうかを調べていく計画だとしている。