科学技術振興機構(JST)と九州大学(九大)は1月30日、細胞の品質管理システムの1つで、損傷したミトコンドリアを除去する「マイトファジー(自食作用)」のメカニズムの一部を解明したと発表した。
成果は、九大 生体防御医学研究所の白根道子准教授、同・中山敬一教授らの研究グループによるもの。研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われ、詳細な内容は英国時間1月29日付けで英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に掲載された。
ミトコンドリアは、細胞内エネルギーを作り出す重要な細胞小器官でありながら、細胞死(アポトーシス)でも中心的な役割を担い、細胞の生と死の両方の制御に非常に重要な役割を果たしている。
アポトーシスは、個体をよりよい状態に保つために、細胞が自殺するプログラムされた細胞死だ。そのため、厳密にコントロールされている。特に、ミトコンドリアの中にある「FKBP38」などの抗アポトーシスタンパク質ファミリーが、無意味にアポトーシスが起こらないように積極的に抑制している仕組みだ。
ミトコンドリアがエネルギーを作り出す際には、同時に活性酸素が作り出されるため、徐々にミトコンドリアが傷害され機能が低下していく。損傷したミトコンドリアの蓄積は細胞全体に悪影響を及ぼすため、機能低下したミトコンドリアは「マイトファジー(自食作用)」というシステムで選択的に分解・除去される(画像1)。
画像1は、マイトファジーによる損傷ミトコンドリアの選択的な分解を撮影したもの。マウス初代線維芽細胞において人工的にミトコンドリアに損傷を与えると、小胞体は分解されず残るのに対し(下段右)、ミトコンドリアは選択的に分解除去される(上段右)。
なお、近年は、このマイトファジーの異常で、損傷したミトコンドリアが細胞内に蓄積することが、パーキンソン病発症の一因ではないかという「ミトコンドリア機能障害仮説」が考えられるようになってきたところだ。
このように、細胞の健康にとって重要なマイトファジーだが、ミトコンドリアが分解されるとミトコンドリアに存在しているアポトーシスを抑制するタンパク質まで消失するため、過剰にアポトーシスが起きる危険がある。細胞がマイトファジーを起こした際に、どのようにしてこの危険を回避しているかは今まで謎だった。
そこで研究チームは今回、CRESTの研究目的である「タンパク質の網羅的解析技術」を用いて、ミトコンドリア機能に関わる分子の機能についての研究を実施。特に、アポトーシスの制御に関わるタンパク質のFKBP38に注目し、マイトファジーとアポトーシスの関連性の検証が行われた。
まず、マウスの線維芽細胞でマイトファジーを起こさせたところ、ほとんどすべてのミトコンドリア自体は分解されたが、そこに存在するFKBP38は分解されずにミトコンドリアから小胞体へと移動していることが判明(画像2)。このことから、FKBP38が小胞体上で何らかの機能を果たしていることが推測された。
画像2は、マイトファジーを起こした際のFKBP38の局在移動。FKBP38は正常時にはミトコンドリアに局在しているが(上段左)、マイトファジー誘導時には小胞体へと局在変化する(上段右)。FKBP38(上段、赤色)と小胞体(中段緑色)が一致すると、重ね合わせ画像(下段)で黄色に表示される形だ。
次に、小胞体上に移動したFKBP38がアポトーシスの抑制に働いているかどうかを検証するために、FKBP38を人工的に持たせないようにしたノックアウトマウスから作製した線維芽細胞を用いて、マイトファジーを起こさせたところ、FKBP38を持たない細胞ではアポトーシスが多く起こっていた(画像3)。
画像3は、FKBP38を持たない細胞におけるマイトファジー誘導時のアポトーシス。マイトファジー誘導時に起こるアポトーシスの割合は、FKBP38を持たない細胞(赤)では正常細胞(黒)に比べて約3倍増加する。
よって、マイトファジーの際に分解を免れたFKBP38は、避難した小胞体上でアポトーシス抑制に働いていることがわかった(画像4)。さらに、ミトコンドリアに存在するほかの抗アポトーシスタンパク質についても検討したところ、抗アポトーシスタンパク質「Bcl-2」もFKBP38と同様に、マイトファジーの際にミトコンドリアから小胞体へと避難することがわかった。
そのミトコンドリアから小胞体への移動の機構を詳細に調べたところ、FKBP38のアミノ酸配列中に、細胞内でのFKBP38の居場所の変化を決めている重要な配列を発見。
マイトファジーの際に居場所が変化するFKBP38とBcl-2の配列を、変化しない別のミトコンドリアタンパク質の配列と比較したところ、C末端領域の塩基性アミノ酸の数が少ないことがわかったのである。
そこで、アミノ酸置換により塩基性度を上げたFKBP38とBcl-2の変異体を作製してマイトファジーを誘導すると、FKBP38とBcl-2はミトコンドリアから小胞体へと避難できなくなることがわかった(画像5)。
画像5は、マイトファジーの際、ミトコンドリアから小胞体への避難に重要な配列。ミトコンドリアタンパク質のC末端領域の配列が、マイトファジーが起きた際の小胞体への避難の有無を決定している。
すなわち、C末端領域中の塩基性アミノ酸の数と塩基性度が重要で、FKBP38やBcl-2は塩基性度が低くマイトファジーの際にミトコンドリアから小胞体へと避難する(右)。
一方、塩基性アミノ酸を変異させて塩基性度を高くした「FKBP38(N402K)」や「Bcl-2(H235R)」は、マイトファジーの際に避難できず、ミトコンドリアに局在したままで分解される(左)。
今回の研究より、抗アポトーシスタンパク質のFKBP38は、マイトファジーの際ミトコンドリアから小胞体へと避難することで自らの分解を免れ、アポトーシス抑制に働くことが見出された。またその居場所の変化には、FKBP38のC末端領域のアミノ酸の塩基性度が重要であることが明らかになった形だ。
近年、マイトファジーの不全による損傷ミトコンドリアの蓄積がパーキンソン病の発症に関与するのではないかと示唆されている。そのため、マイトファジーの機構を解明することは、細胞生物学的な知見の蓄積に加え、マイトファジーの異常が原因となる神経疾患の克服といった面からも強く期待されているところだ。
また、今後、FKBP38の機能を制御しアポトーシスを調節することによりドーパミンを放出する神経細胞の変性(細胞死)を阻止するなど、パーキンソン病治療への応用も期待されると、研究グループは述べている。