理化学研究所(理研)は1月28日、霊長類であるニホンザルの無意識的な運動を評価する実験手法を確立し、向かい合った2匹のサルが自然に相手の行動と同期し合う現象を行動学的に確認したと発表した。

成果は、理研 脳科学総合研究センター 適応知性研究チームの藤井直敬チームリーダー、同・長坂泰勇研究員、同・Zenas C. Chao研究員らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、1月28日付けで英国科学オンラインジャーナル「Scientific Reports」に掲載された。

ヒトは社会生活において、さまざまな協調行動をしている。協調行動とは、社会的な場面で相手の行動や意思によって自身の行動を変化させる行為だ。このような協調行動は大きく2つに分けられる。

1つは意識的なものだ。例えば、2人で大きな机を隣の部屋に動かす時には、机を壁にぶつけないようにしたり、相手がどちらの方向に移動しようとしているのかを考えたりする必要がある。従って、「意識的な協調行動」では、行動の最終目的や環境の認識、さらに相手の意思の予測といった高次な認知機能が必要だ。

もう1つは無意識的なものだ。「無意識的な協調行動」は本人に自覚がなく、意識的な協調行動のような高次な認知機能を必要としない。そのような協調行動の例としては、自然に沸き起こる「自発的な同期行動」が挙げられる。例えば、コンサートで観客の手拍子が自然と合ってしまったり、会話している2人のうなずきやジェスチャーなどが本人の気づくことなしに同期してしまったりすることがある。こうした自発的な同期行動は、円滑な社会生活を営む上で欠かせないと考えられるが、まだ未解明な部分が多い状況だ。

一方、ヒト以外の多くの生物もそれぞれの社会生活を営んでいる。夏の夜には川のそばでたくさんのホタルが光を同期させて求愛行動をしているし、川や海では魚たちが群れをなして泳いでいるし、空にも華麗な編隊を組んで羽ばたいている鳥たちがいるという具合だ。

これまで、生物の同期行動に関する研究は、自然環境での同期行動を観察する手法が主で、同期行動の質や量を実験的に検討した詳細な研究はなかった。そこで研究チームは、動物に自発的な同期行動があるのかどうかを確認するため、新しい実験方法の開発に着手。今回、それをニホンザルに適用して、自発的な同期行動の有無についての検証を実施した。

研究グループは、この実験が成功すると、ヒトの社会性の進化をたどる手がかりとなるだけでなく、ヒトが持つ社会適応能力の背後にある、潜在化した、あるいはより基盤的な脳機能の解明が可能と考えたという。

実験では、頭部、胸部、上肢を自由に動かせるサルが、1匹だけで個室に設置したイスに座る。サルは、前方に設置したボタンを交互に連続して片手で押す課題(ボタン押し課題)を行う(画像1)。複数回連続して交互にボタンを押すと、褒美としてエサがもらえるという仕組みだ。

ボタンを押す時のサルの左右の手首、肘、肩の位置はモーションキャプチャーを用いて、各位置の3次元的な計測結果で記録された。これは、ボタン押し動作の速さを定量的に解析することと、サルがボタンを押し損ねても正確な評価を可能にするためである。

実験には3匹が参加し、各個体が1試行あたり30回程度ボタンを交互に連続して押すようになったところで、その個体ごとにボタンを押すスピードが複数回記録され、その平均をそのサルの基準値とされた。

3匹のボタン押し課題の基準値が決まったところで、3匹の内の2匹ずつ、計3通りのペアを向かい合わせに座らせ、ボタン押し課題を実施(画像2)。その結果、実験開始直後に、2匹のサルのボタン押しの速さが同期することが確認されたのである。

画像1。訓練および実験の概略イメージ。3匹のサルに、1匹ずつボタン押し課題の訓練が施された

画像2。ペア実験の様子。3匹のサルを2匹ずつペアにし(計3通り)、向かい合わせに座らせて、ボタン押し課題を遂行させた

例えばあるペアでは、1匹のサルは自分の基準値よりも速く、別のサルは遅くボタンを押すことで、互いのボタンを押す速さが同じになった。また別のペアでは、単純に互いが同じ速さになるのではなく、一方のサルが1秒間に4回(4Hz)押し、別のサルは1秒間に1回(1Hz)ボタンを押すように同期したのである。

このように、ボタン押しの速さの変化はサルごとに異なったが、ボタン押しのタイミングのズレは±20ミリ秒(1ミリ秒は1000分の1秒)と非常に短いズレしか生じず(画像3~5)、3ペアともボタン押しが同期していることが確認された。

画像3。サル同士が同期している時のボタン押しタイミングのデータ。サルTのボタン押しのタイミング

画像4。サルCのボタン押しのタイミング

画像5。サルTとCのボタン押しのタイミングの差の累積分布。タイミングのズレは0ミリ秒を頂点とした±20ミリ秒の範囲に収まっており、タイミングの差が極めて小さいことがわかる

また、一方のサルが他方のサルに合わせるのではなく、2頭のサルが共にスピードを変化させて、同期が生じていることも判明。個々のサルは、自分がボタンを交互に押しさえすればエサがもらえると学習しているので、向かい合わせに座っていても、相手のボタン押しを意識していないと考えられるという。

また、サルが意図的にリズムを合わせられるよう訓練するには1年以上要したという、2009年に海外で発表された研究結果もある。これらにより、今回の実験では、サルが「無意識的」に相手とボタン押しを同期したと、研究グループは結論付けた形だ。

次に、ボタン押しの様子をあらかじめ記録しておいたビデオを、サルの前に設置したモニターへほぼ実物大に提示して、同様な実験が行われた(画像6)。ビデオのサルのボタン押しスピードを課題の途中で変化させたところ、3匹のサルすべてが、ビデオのサルの速度変化に応じて自身のスピードを変化させた。

例えば、自身のスピードが1.7Hzでビデオのサルのスピードが4.0Hzに変化した場合は、自身のスピードを2.0Hzに速めて同期を維持した。また、自身のスピードが2.0Hzの場合は、ビデオのサルのスピードが4.0Hzに変化しても、自身のスピードは変化させずに同期を維持していた。

画像6。ビデオ実験の様子。あらかじめ録画しておいたサルのボタン押し映像を、ほぼ実サイズの大きさでサルの前面に投影した

さらに、ビデオのサルの映像と音声(主にボタン押しの音)を実験的に操作し、ボタン押しのタイミングを統計的に数量化して同期現象の量を比較したところ、どのサルも、音声だけの時よりも映像だけの提示で2.5倍、映像と音声の両方の提示で3.5倍、同期現象の量が多いことがわかった。これは、自発的な同期行動にとって、相手の動作の視覚的な情報が、より重要であることを示しているという。

なお、研究グループは今回の実験方法に対し、動物の無意識的な協調行動を生じさせるのに適しているとわかったと評価。また、ニホンザルがヒトと同じように自発的な同期行動を示すことが実験的に明らかになり、その同期は自身と相手の速さによって変化し、それには相手の視覚情報が重要であることも判明した形だ。

今後は、ボタン押し課題遂行中のサルの脳を対象に、無意識的な協調行動を司る脳の仕組みをより詳細に調べていく予定としている。これにより、ヒトの社会適応能力がどのような脳の進化をたどって獲得されていったのかを知る、生物脳の進化論的な研究の発展を促すことが可能になるという。

また、無意識的な協調行動と意識的な協調行動のつながりを明らかにすることにより、「意識や無意識とは何か」といった哲学的あるいは心理学的な議論を、神経科学的な知見から活性化させることも期待できるとした。

さらに、社会的な適応行動が困難な症状の改善に役立つ可能性があるともいう。自閉症やアルツハイマー病、統合失調症などの症状には、しばしば、相手の発した言葉を意味の理解を伴わずに反復する「反響言語(エコラリア:echolalia)」や、相手の動作を無意識的に模倣したりする「反響動作(エコプラキシア:echopraxia)」の症状が報告されており、行動的には自発的な同期行動とよく似ているからだ。

こうした症状の治療に基礎的な知見を提供するだけでなく、無意識的な同期行動の特徴である「自覚のない行動の促進」を利用して、肢体マヒの症状緩和やリハビリテーションへの応用へと発展させていくことも期待できると、研究グループはコメントしている。