IBMとシンガポールInstitute of Bioengineering and Nanotechnology(IBN:バイオ工学・ナノテクノロジー研究所)は、接触させることによって、病原菌のついたバイオフィルムを破壊し、薬剤耐性菌を完全に根絶することができる「抗菌ヒドロゲル」を開発したと発表した。同成果の詳細は独化学誌「Angewandte Chemie」に掲載された。
抗菌剤は、アルコールや漂白剤など、従来家庭でさまざまな表面を消毒するのに使用されている。従来の抗生物質は効果が低く、多くの家庭で使用されている表面消毒剤は生体への応用には適していないため、キッチンの調理台の消毒法を、薬剤耐性皮膚感染や体内の感染症に適用することはそれほど容易ではないことがわかってきた。
また、菌のついたバイオフィルムは、粘着性の病変した細胞の集まりであり、全感染症の80%に存在しており、ほぼすべての組織や表面に定着することができることから、特に医療機器やデバイスに伴って、人間の体内のさまざまな場所で存続することができ、院内感染の大きな原因となっている。米国では、死因の5大要因のうちの1つとなっており、毎年110億ドルの医療支出の主要因となっている。
殺菌や無菌技術が進歩しえきても、こうした医療用具に関連した感染が撲滅されない理由の1部として、薬剤耐性菌の発生が挙げられる。CDC(米国疾病管理予防センター)では、米国において、こうした抗生物質耐性にかかる医療費は毎年200億ドルと推定するほか、病院の入院日数を800万日追加させていると推定している。
今回、研究グループは、ポリマーを精密に仕立て上げることで、水溶性、正電荷、生分解性という特性を兼ね備え、多数の原子を含む分子構造である高分子材料を設計した。このポリマーは、水と混ぜ合わせ、体温まで温めることで自己組織化し、扱いやすい合成ゲルへと変化する。この能力は、「molecular zipper(分子のジッパー)」と呼ばれる効果を引き起こす自己結合性相互作用から生じるもので、ジッパーの歯がかみ合うように、新しいポリマーの短い部分がかみ合い、水性ポリマーを再成型可能で変形可能なヒドロゲルへ肥厚させる。また、自由に溶けることなく水溶性のポリマーの特性の多くを示すため、抗菌活性をもちながら、生理的条件下で同じ場所にとどまることができるという特長がある。
これを汚染された表面に適用すると、ヒドロゲルの正電荷がすべての負の電荷を帯びた微生物膜を引きつけることができる。また、複製を阻止するために細菌の内部機構を狙う抗生物質やヒドロゲルの大半とは異なり、このヒドロゲルは膜を破壊することで、細菌が進化して薬剤耐性を持つことを妨げながら細菌を死滅させることが可能だという。
研究グループでは、これを商用適用する場合、例えばクリームやこん注入治療薬として、創傷治癒用、インプラント、カテーテルのコーティング、皮膚感染の治療や開口部のバリアなどに応用することができると説明する。なお、同技術は、IBMの基礎研究所で半導体技術に使われてきた材料の開発から派生した「IBM nanomedicine polymer program」により生み出されたものだという。
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に抗菌ヒドロゲルを適用した前後の様子。右が適用前。左が適用後 (C)IBN |
開発された合成抗菌ヒドロゲルは90%以上水でできており再成型が可能。左が華氏71度(摂氏では約22度)の様子。液体状になっていることが見て取れる。右が華氏98.6度(摂氏では約38度)に加熱されると、ポリマーは自己組織化し、ゲル状へと変化する (C)IBN |