科学技術振興機構(JST)と慶應義塾大学(慶応大)は1月21日、マウスの実験で自己免疫疾患の発症と抑制に関係する基本的で重要な免疫調節メカニズムを発見したと共同で発表した。

成果は、慶応大 医学部の関谷高史助教、吉村昭彦教授らの研究グループによるもの。研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われ、詳細な内容は英国時間1月20日付けで英国科学雑誌「Nature Immunology」オンライン速報版に掲載された。

免疫システムは研究グループの身体を多種多様な病原体から守っている。病原体は、細菌・ウイルス・寄生虫・真菌など、数限りない種類が存在する。それら異なった種類の病原体を排除するために、生体は炎症などを伴う適切な免疫反応を作動させるが、その司令塔としての役割を果たしているのがヘルパーT細胞(CD4陽性T細胞)だ。

ヘルパーT細胞は胸腺で生まれ、胸腺の外(末梢)に出て身体を循環し、身体に侵入した病原体の種類に応じて「Th1」、「Th2」、「Th17」の3種類のいずれかの炎症を引き起こす「エフェクターT細胞」に分化し、それぞれの病原体の排除に最適な免疫反応を誘導する(画像1)。

画像1。ヘルパー(CD4陽性)T細胞の分化とTregによるエフェクターT細胞の抑制

一方、免疫反応は適切な時期に終息しなければならないほか、自己のタンパク質や食物にも反応してはいけない。もし異常に免疫系が活性化され続けたり、自己のタンパク質や食物や花粉などの無害な物質と反応すると、関節リウマチや炎症性腸疾患などの自己免疫疾患や花粉症などのアレルギーを引き起こすこととなる。

そこで、ヘルパーT細胞の中にはエフェクターT細胞を抑制し免疫反応を適切に制御するT細胞、「制御性T細胞(Treg)」が存在する。Tregはさまざまなメカニズムで免疫反応を抑制し、生体の「恒常性(ホメオスターシス)」を維持している。

Tregの異常は自己免疫疾患や花粉症、ぜんそくなどのアレルギー性疾患を引き起こす。逆にTregを人為的に増強できれば、それら疾患の治療に結びつくと考えられるというわけだ。

また臓器移植の拒絶反応にもエフェクターT細胞が寄与しており、Tregの増強は臓器移植の拒絶反応の抑制にも効果的であると考えられている。しかしTregそのものがどのように発生するのかは長らく不明で、Treg発生のメカニズムの解明は現代免疫学における大きな課題の1つだった。

ヘルパーT細胞は、胸腺で前駆細胞から発生・分化を遂げるが、この過程で抗原を感知するT細胞受容体(TCR)がランダムな遺伝子組み換えによって数千万種類も形成され、外からのさまざまな病原体の排除に備える。

T細胞を増やしたり生存させたりするためには、外からの抗原がない状態でもTCRが適度の刺激を受ける必要がある。このため胸腺では、「抗原提示細胞(MHC-II)」に提示された自己抗原(主に自己細胞のタンパク質)がTCRを弱く刺激する。この結果、おのおののT細胞が異なったTCRを持って、さまざまな抗原の排除に対応できる免疫システムを構築できるようになるというわけだ。

しかし、ランダムな遺伝子組み換えによってさまざまなTCRを形成するので、当然自分自身の細胞が持つタンパク質を抗原と認識して強く反応するTCRを持つT細胞が発生する可能性がある。

胸腺での発生過程では、これらの自己抗原に対して強い反応を起こすT細胞は強いTCR刺激が入り、「アポトーシス(プログラム細胞死)機構」によって死亡し除去される仕組みだ。この現象をネガティブセレクションと呼ぶ(画像2)。

さらに、それよりは少し弱いが自己抗原をある程度強く認識するTCRを持つT細胞が死なずにTregになるのだろうと考えられている(画像2、Treg)。それよりもさらに弱く自己抗原を認識するT細胞が、病原体排除に機能する一般的なT細胞である「ナイーブT細胞」として胸腺の外に出て。末梢を循環する(画像2、ナイーブT細胞)というわけだ。

この一般的なT細胞が末梢で抗原に出会うと先に述べたエフェクターT細胞になる。また、自己抗原をまったく認識できない細胞はアポトーシスが誘導され死滅(画像2、細胞死)する。

このように、胸腺においてヘルパーT細胞は、主に自己抗原に対する親和性(反応性)によりその運命を決定づけられる仕組みを持つ。この仕組みが免疫システムの暴走を防ぎ、恒常性を維持する基盤となる。

しかし、このプロセスを制御する分子メカニズムは多くが未解明で、人為的にコントロールすることも不可能だった。

画像2。胸腺におけるヘルパー(CD4陽性)T細胞発生の分化

研究グループは今回、これまでの研究で核内受容体ファミリーに属する「Nr4a2」というタンパク質がTregの性質を決める重要な転写因子である「Foxp3」の発現を誘導する能力があることを見出したと報告を行った(画像3)。

さらに、Nr4a2やその仲間はTCRの活性化によって多く生産される分子であることから、Nr4a2が胸腺でのT細胞の運命決定、特にTregを生み出すカギとなる分子であると考え、その役割の解明を進めることにしたのである。

画像3。Nr4a2強制発現によるTreg主要転写因子Foxp3の誘導

Nr4a2の役割を解明するために、まずマウスのNr4a2のみを欠損させたところ、免疫反応が促進されるものの、胸腺でTregは正常に発生し、さらにそのマウスは自己免疫疾患を発症しなかったという。

そこで、Nr4a2には、「Nr4a1」、「Nr4a3」というよく似たファミリー分子が存在することに着目し、この仲間が互いに同様の機能を持ってその機能を補い合っていると考え、Nr4a1、Nr4a2、Nr4a3すべてをT細胞から欠損させた「Nr4a-TKOマウス(Nr4a triple knockout mouse)」を作製し、解析を行ったのである。

解析の結果、予想通り、Nr4a-TKOマウスでは胸腺・末梢ともにTregがほぼ完全に存在しないことが明らかとなった(画像4)。その結果、Nr4a-TKOマウスは激しい全身性の自己免疫疾患を発症し、生後3週間以内に死亡することが明らかとなったのである(画像5)。これにより、Nr4aファミリー分子がTregの発生に必須であることが証明された。

Nr4a欠損マウスの解析。画像4(左):Nr4a欠損マウスではTreg(赤枠で示した画分)がほぼまったく見られない(対照マウス:野生型ではTregが見られる)。Nr4a欠損マウスは全身性の自己免疫疾患により生後3週間以内に死亡する

またNr4a-TKOマウスの症状は、過去の文献との比較により、Tregのみを欠損しているマウスよりも重篤であり、さまざまな解析の結果からもTregの分化異常に加えて、ネガティブセレクションの異常が関与している可能性が強く考えられた。

さらに解析を重ねたところ、Nr4a1、Nr4a2、Nr4a3は同様の機能を持ち、互いに補い合ってTregの分化とネガティブセレクションに機能していることが明らかとなったのである。

次に、Nr4aがヘルパーT細胞の運命決定を担う因子であると研究グループは考え、その検証が試みられた。実験には「OT-II」と呼ばれるTCRを持つT細胞が用いられた形だ。

マウスの胸腺内にはOT-II TCRと強く結合する自己抗原が存在しないため、OT-II TCRを持つT細胞はTregに分化するために必要なTCRの刺激を受けることができず、OT-II TCRを持つTregは存在しないことが明らかとなっている。

そこで、このOT-II TCRを持つヘルパーT細胞に、遺伝子操作によって任意の強さで人工的に活性化させたNr4aを作用させ、ヘルパーT細胞の運命がどのように決定されるかが解析された。

その結果Nr4aを強力に活性化させるとOT-II TCRを持つヘルパーT細胞にアポトーシス(細胞死・ネガティブセレクション)が誘導され、中程度の活性化を起こすとTregが誘導されることが見出されたのである(画像6)。

画像6は、Nr4aはCD4陽性T細胞の自己抗原に対する親和性と運命決定を結ぶキーファクターとして機能する証拠。OT-II TCRを持つ胸腺のヘルパー(CD4陽性)T細胞はNr4aの活性化強度に従って、中程度の活性化時にはTregへの分化(真ん中)、強度の活性化時にはネガティブセレクション(右側)の誘導を示唆する挙動を示した。この実験系ではトランス遺伝子陽生細胞(カラム右半分)でNr4aの活性調節が可能となっている。

このことは、TCRと自己抗原との親和性が強い時は、Nr4aも強く活性化され、アポトーシス誘導遺伝子の発現が誘導されてネガティブセレクションへ、TCRと自己抗原との親和性が中程度の時は、Foxp3の発現が誘導されTregへとヘルパーT細胞の運命が決定づけられていることがわかった(画像7)。

画像7は、胸腺ヘルパーT細胞運命決定におけるNr4a機能のモデル図。T細胞のMHC-II自己抗原複合体に対する親和性の強度に従って、発現誘導を受けたNr4aは、Foxp3やアポトーシス誘導遺伝子の発現誘導により、それぞれTreg分化とネガティブセレクションを誘導する。

画像6。Nr4aはCD4陽性T細胞の自己抗原に対する親和性と運命決定を結ぶキーファクターとして機能する

画像7。胸腺ヘルパーT細胞運命決定におけるNr4a機能のモデル図

以上の研究から、胸腺におけるヘルパーT細胞の発生において、Nr4aがヘルパーT細胞と自己抗原との親和性とヘルパー細胞の運命決定を結ぶカギとなるタンパク質であることが証明された次第だ。

また、Nr4aを強度に活性化するとネガティブセレクションが、Nr4aを中程度に活性化することによって普通はTregにならないT細胞から人為的にTregが作られることを示した形である。

なお今回の研究によって、Nr4aはヘルパーT細胞の運命決定を担うカギとなり、Tregを作る重要な役割を果たす因子であり、自己免疫疾患の抑制において中心的な役割を担っていることが明らかとなった。

このタンパク質の活性化によって、免疫反応を抑制するTreg細胞を人為的に誘導することも可能になると考えられる。特にNr4aは核内受容体と呼ばれる分子の性質を持っており、活性化させる低分子化合物(リガンド)の存在も予想されるという。

今後、さらなる研究からNr4aの活性化による自己免疫疾患、アレルギー疾患などの新規治療法の樹立が可能になると期待される。また臓器移植の際の拒絶反応抑制法の開発も期待できるとしている。

また、ヒトの炎症性疾患とNr4a遺伝子異常の関連性も明らかにされることで、免疫難病の発症の仕組みが解明されることが期待されると、研究グループはコメントしている。