東京工業大学(東工大)とNTTは、電子の移動度が高いなどといった特性から近年注目されているグラフェンを利用することにより、電子の波であるプラズモンの伝搬速度を2桁にわたり制御できることを実証したと発表した。詳細は、英国科学雑誌「Nature Communications」で公開された。
光によるデータ伝送は、電気を用いたデータ伝送と比較して高速かつ低データ損失というメリットがある。このため、インターネットなどの長距離データ伝送やスーパーコンピュータのラック間・ボード間にてメタル配線から光ファイバへの置き換えが進められてきた。昨今では、光信号を制御することで電子デバイスの一部を光デバイスに置き換え、機器の高速化・低消費電力化を実現する研究が進められている。しかし、これまで光デバイスのサイズを光の波長(~1000nm)以下にすることは困難であり、数10nmであるコンピュータチップ内に用いることができなかった。これに対し、電子の集団運動であるプラズモンは、光と同様に波の形でデータを伝送することが可能であり、ナノメートルサイズに閉じ込めることができる特性を持つため、コンピュータチップ内のデータ伝送・処理の高速化・低消費電力化が可能になると期待されている。
同研究分野はプラズモニクスと呼ばれ、主に金属表面に現れるプラズモンを用いて研究されている。しかし、金属表面プラズモンは材料に依存し特性が決まってしまうことから、制御性が乏しく、また金属中での電子の散乱によるデータ損失が大きいという課題が指摘されている。このため、研究グループでは電子の密度を変化させることでプラズモンの特性を変調でき、データ損失も小さいと考えられるグラフェンに着目しプラズモンの研究を行ってきた。
研究グループは、大面積かつ高品位のグラフェンを作製する技術と時間分解伝導測定技術を組み合わせることにより、マイクロ波領域(~10GHz)におけるプラズモンの伝搬速度を数十~数千km/sという範囲にわたり変調することに成功した。
実験に用いたグラフェンは、SiCをAr中で熱分解しSiを選択的に脱離させることによって形成されたものであり、1mm四方と十分大きな試料においても高品位かつ均一のものが得られる。試料は、グラフェン表面を絶縁体で覆った上にゲート電極をつけることにより、広い範囲で電子または正孔の密度を変化させることが可能となっている。
時間分解伝導測定技術では、入力端子にマイクロ波領域(~10GHz)の電磁波を印加することにより、グラフェンにプラズモンを励起し、その伝搬を1.1mm離れた所に作製された検出端子を通してプラズモンの電荷振動を時間分解計測する。プラズモンを励起してから検出端子まで到達するまでの時間を100psの時間分解能で計測することにより、プラズモンの伝搬速度を得ることができる。得られた伝搬速度は電子または正孔の密度、磁場、ゲートの有無などにより数十~数千km/sに渡って変化したという。
伝搬速度を制御できるということは光の屈折率を制御できる事が可能となるため、プラズモンのスイッチング、ルーティングなどが可能になると考えられるという。なお、強磁場中では、プラズモンはグラフェンの端に存在するエッジマグネトプラズモンとなり、その幅は10nm程度であることが分かった(図2)。これは1原子の厚さ0.1nmで幅10nmにプラズモンを閉じ込めて伝搬させることが可能であることを示している。
なお研究グループでは、グラフェンを用いたプラズモンによるデータ伝送の損失は理論上小さいと言われているが、実験を通じた測定を行う準備を進めている。また、将来的に光通信へ応用するべく周波数領域(テラヘルツ~光学周波数)へ実験を拡張し、プラズモンの速度変化を利用したスイッチングやルーティングの実証を目指す。これにより、グラフェンを用いたプラズモニクスの研究が加速され、将来的にコンピュータやネットワーク機器の大幅な高速化、低消費電力化が期待されるとコメントしている。