理化学研究所(理研)、山口大学、科学技術振興機構(JST)の3者は1月17日、「フーリエ変換型イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FTICR-MS)」を導入して、硫黄を含んだ二次代謝物を網羅的に分析することが可能な「S-オミクス」を確立したことを発表した。実際にタマネギの含硫黄二次代謝物イオンだけを測定したところ、67個のピークを抽出、22個の組成式を決定、6個の構造式を推定したという。

同成果は、理研 植物科学研究センター メタボローム機能研究グループの中林亮 特別研究員、同 斉藤和季 グループディレクターらによるもので、詳細は米国の科学雑誌「Analytical Chemistry」に近日掲載される予定だという。

現在の医薬品に用いられている化学合成品あるいは半合成品の約20%は天然化合物由来の二次代謝物といわれており、中でもポリケチド、フラボノイド、アルカロイド、そして含硫黄二次代謝物は特異的な生物活性を有することから、ヒトにとって重要な天然化合物となっている。これらの多くは、炭素(C)、水素(H)、窒素(N)、酸素(O)あるいは硫黄(S)から構成されており、それぞれ安定同位体を持っているため、その天然存在比と質量の関係から、二次代謝物の組成式(各原子の構成割合)を決定することができる。

近年、質量分析計(MS)の測定可能な質量範囲、分析速度、精度、解像度などが向上していることから、MSを利用して生物中に数百存在する低分子代謝産物(メタボローム)を同時に検出する「メタボロミクス」が注目されるようになってきた。そうした背景から、研究グループでは今回、高性能な質量分析計であるフーリエ変換型イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FTICR-MS)を導入し、炭素や硫黄の安定同位体を利用した含硫黄二次代謝物の分析系「S-オミクス」の確立を目指す取り組みを進めてきた。

FTICR-MSは検出ピークの分解能が高く、検出したイオンの質量(分子量)を小数点以下4桁まで高精度に測定することが可能だ。実際にタマネギを解析したところ、全部で4,693個のピークを得ることに成功。この中から、モノアイソトピックイオンからなる含硫黄二次代謝物のピークを見分けるため、硫黄の安定同位体の天然存在比(32Sが95.02%、34Sが4.29%)と、精密な質量の差(理論値で1.99579Da)を利用したところ、67個の含硫黄二次代謝物由来のイオンのピークを抽出することに成功したという。

次に、これらイオンの組成を決定するために、安定同位体13Cで標識した環境下で栽培したタマネギと非標識(12C)のタマネギをFT-MSで比較解析が行われた。13Cで標識すると、その炭素数分だけ質量が増加するため、目的とする代謝物分子を構成している炭素原子の数が分かる。この炭素原子の数をもとに組成候補を絞り込み、さらに、モノアイソトピックイオンのピークとそれ以外の同位体イオンのピークの実測値と理論値とを比較した結果、22個の組成式の決定に成功し、それら22個のモノアイソトピックイオンのピークに対してMS/MS解析を行ったところ、6個の含硫黄二次代謝物の化学構造の推定に成功したという。

含硫黄二次代謝物の組成・構造解析「S-オミクス」の概要。FT-MSから得られるメタボロームのデータ(A)を用いて、67個の含硫黄二次代謝物由来のピークを抽出(B)。次に、炭素の安定同位体を用いた測定で炭素数を決定し(D)、実測値と理論値を比較して(E)、22個の組成式を決定した(F)。そして最後にMS/MS解析(G)により6個の構造が推定された(H)

ちなみに、これらの代謝物はタマネギの催涙性因子の重要な中間体で、強い抗炎症活性を持つことが知られているという。

推定した6個のタマネギ含硫黄二次代謝物の構造

これらの結果、硫黄を含む代謝物の網羅的な分析系「S-オミクス」を確立し、人にとって有用な含硫黄二次代謝物を効率的に探索することが可能であることが示された。そのため、研究グループでは、S-オミクスを応用すると、他の植物種についても容易に探索することや、硫黄以外のヘテロ原子(窒素、酸素やハロゲン)を含む代謝物の分析が可能になることから、今後、研究を進めていくことで幅広い代謝産物の発見が期待できるとするほか、目的とする含硫黄二次代謝物の構造情報をゲノム情報と対応させることで、生合成に関連する遺伝子の特定が可能となることから、これにより目的とする代謝物をより多く生産する植物へと品種改良することなどにつなげることが可能になると説明している。