兵庫県立大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)および日本原子力研究開発機構(JAEA)の研究グループは、大型放射光施設SPring-8の高輝度X線を利用した核共鳴非弾性散乱により、鉄系高温超伝導体での圧力誘起格子振動と鉄原子電子状態の変化の観測に成功したことを発表した。

同成果は、兵庫県立大学大学院物質理学研究科の小林寿夫 教授、同 池田修悟 助教、同 阪口友唯 大学院生とJASRIの依田芳卓 主幹研究員、JAEAの町田昌彦シミュレーション技術開発室長、同 中村博樹研究員らによるもので、詳細は、英国物理学会の凝縮系物質関連雑誌「Journal of Physics:Condensed Matter」に掲載された。

研究グループは今回、SPring-8を利用した核共鳴非弾性散乱法とメスバウアー分光法を用いることで、鉄系高温超伝導の母物質である正方晶EuFe2As2の格子振動と鉄原子電子状態について、2.5万気圧以上の高圧力下での観測に成功した。

EuFe2As2は2.5万気圧以上で超伝導状態に転移するとされており、今回の観測の結果、圧力誘起の格子振動と鉄原子電子状態の変化が2.5万気圧で起こることが確認され、この鉄原子の電子状態変化を伴ったヒ素原子間の軌道電子混成状態の変化が、超伝導発現機構に強く関与することが判明した。

さらに、高圧力下での格子振動の第一原理計算による結果と実験結果を比較した結果、2.5万気圧以上の実験で観測された圧力誘起の格子振動の変化がヒ素原子間の結合状態の変化に対応していることが判明したという。

なお、研究グループでは、今回の実験により超伝導状態が発現する高圧力下で鉄原子電子状態の変化を伴ったヒ素原子間の結合状態の変化を実験的に解明できたことは、高温超伝導体研究における基礎科学としての大きな成果といえるとしている。

なお、鉄系高温超伝導体は、超伝導を担う鉄ヒ素(FeAs)層と層間物質が交互に積み重なった配列を持っているが、今回明らかとなった高圧力で誘起されるヒ素原子間の結合状態の変化は、FeAs層をつなぐ層間物質の電子状態が超伝導状態発現に重要な役割をしていることを示すものであり、研究グループでは、鉄系高温超伝導体の発現機構の解明へ向けた研究の進展が期待されるとコメントしている。

大気圧と3.3万気圧での核共鳴非弾性散乱スペクトル。黒丸が測定データ、赤の実線は計算された非弾性成分。赤の実線は青の各線で示されたシングルフォノン、2フォノン、マルチフォノンによる寄与からなる。3.3万気圧では±10meVでの励起確率が大きく変化しており、この励起確率の変化が格子振動の変化を表している

正方晶a軸方向から見たEuFe2As2の原子配列。矢印がヒ素原子間の軌道電子の混成状態変化によるヒ素原子の移動を表している