東京大学(東大)は1月16日、昆虫の社会において、最も若い個体と最も年寄りの個体が協力して防衛を行い、中間の齢の個体は安全な場所に逃げて繁殖に専念するという、新しい分業体制を発見したと発表した。
成果は、日本学術振興会海外特別研究員(ケンブリッジ大学動物学科所属)の植松圭吾氏、東大大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 広域システム科学系の柴尾晴信特任研究員、同・嶋田正和教授らによるもの。詳細な内容は、英国時間1月16日付けで英国王立協会誌「Biology Letters」オンライン版に掲載された。
ヒトの社会では仕事から家庭に至るさまざまな場面で分業(役割分担)を行っているが、昆虫の社会においても、個々のメンバーが役割を分担するという分業システムが発達している。
例えば、ミツバチでは、働き蜂は蜜を運んだり子の世話をするのに対して、女王蜂は繁殖に専念する。このような分業体制はアリやハチなどでよく知られているが、アブラムシの仲間にも「社会性アブラムシ」が存在し、防衛・労働・繁殖において分業を行っている。
研究グループは今回、常緑樹のイスノキに虫こぶを形成する社会性アブラムシである「ヨシノミヤアブラムシ」という種を研究対象に選択。ヨシノミヤアブラムシの虫こぶは1匹の創設個体によって作られ、虫を包み込むようにして完全に閉鎖された空間を作る。
その中でヨシノミヤアブラムシは「単為生殖」(雌が作った卵が受精することなく単独で発生を開始して成体となる)で子を産み、最終的には数1000匹を収容する巣のような構造になる(画像1)。
単為生殖を行うので、これら数1000匹の個体はすべて同じ遺伝子情報を持ったクローンだ。成熟した虫こぶは次年の春に裂開して脱出する穴が生じ、そこから翅を持った有翅虫が出てくる(画像2)。
画像1(左)は、イスノキに作られたヨシノミヤアブラムシの虫こぶ。開いた脱出口から有翅成虫が飛び立つ。画像2(右)は、ヨシノミヤアブラムシの生活史。虫こぶ内でまず無翅成虫が生じ、無翅成虫から産まれた個体が成長して有翅成虫となる。無翅成虫と有翅成虫になる予定の1齢幼虫が、虫こぶ内に侵入する天敵(テントウムシ幼虫・ガの幼虫など)に対して防衛行動を示す |
しかし、虫こぶに穴ができると、テントウムシの幼虫などの天敵が侵入する可能性が高まってしまう。そこで、穴が開いた虫こぶでは天敵の侵入を防ぐ防衛行動が進化している。
これまでの研究から、ヨシノミヤアブラムシには自らを犠牲にして防衛を行う2種類の「兵隊」が存在することが明らかにされていた。これは、産まれたばかりの1齢幼虫と、もう1つは老いた無翅(翅を持たない)成虫で、1齢幼虫は口吻を突き刺して天敵を攻撃する一方、無翅成虫は繁殖を終えた後も長生きする「おばあちゃん」アブラムシで、腹部から分泌液を出して敵に体ごと付着することで防衛するという(画像3)。
このように、若い個体と老いた個体がまったく異なる方法で自己犠牲的な防衛を行うわけだが、これまでの報告は2種類の兵隊による防衛を個別に研究したもので、両者が集団内でどのように協力して繁殖個体を守っているのか、また異なる防衛にどのような意義があるのか、ということは未解明だったのである。
今回の研究は、こうしたこれらの防衛や繁殖を担う個体がコロニー内でどのようにして上手く機能し、適応的に振る舞うのかを調べることを目的に、虫こぶ内部での各個体の動きに着目して行われた。
具体的には、虫こぶが裂開して穴が開くことは、敵に侵入される危険性が増えることを意味するため、穴が開くという刺激に応答して、各々の個体が自らの役割に応じて虫こぶ内での配置を換えて、最適なフォーメーション(兵隊は危険な場所へ、繁殖個体は安全な場所へ)を採るのではないかという推測を立て、観察が行われた。
まず、穴がすでに開いている虫こぶを、捕食されやすさにもとづいて3つの区域に分割し、それぞれに含まれるアブラムシの個体数の割合を調べたところ、1齢幼虫と無翅成虫は捕食されるリスクの高い虫こぶ裂開部に多く分布していることが判明した(画像4)。
一方、そのほかの個体は安全な虫こぶの奥の方に多く見られたほか、人為的に虫こぶに穴を開けて、12時間後の分布を調べたところ、穴の周りに1齢幼虫と無翅成虫が集合したのに対して、そのほかの個体は穴から遠ざかることがわかったのである。
これら結果から、各個体が虫こぶの裂開というシグナルに素早く応答し、虫こぶ内部を移動することにより、最適なフォーメーションが実現されることが示された。
このように、集団の中で最も若い個体と年寄りの個体が自己犠牲的な防衛を担い、中間の齢期の個体が繁殖をするという分業体制は、社会性を持つ生物において初めての発見だという。ヨシノミヤアブラムシという体長が1mmにも満たない小さな昆虫が、巧妙な戦略を編み出して集団を維持していることが今回、明らかにされたのである。
では、なぜ一番年下と年上の個体が防衛を担うかという点に対しては、研究グループでは、将来の子孫の数をより多くするための戦略であることが考えられるとしている。虫こぶは裂開した後は枯れてしまうため、栄養の質が悪化する。よって若い幼虫は成長して成虫になるためにより多くの資源と長い時間を必要とする。
また、年老いた無翅成虫も子を産み終えているため、将来の繁殖には寄与しない。繁殖の期待値が少ないこれらの個体を防衛に回し、繁殖の期待値が高い残りの個体は安全な所に逃がすことで、子孫の数を最大化していると考えられるというわけだ。
しかし、今回の研究では未解明の点もあるという。例えば、なぜ1種類の防衛行動のみが自然選択によって残るのではなく、2種類の異なる防衛行動が進化的に維持されているのかという点だ。
その理由の1つとして考えられるのが、2種類の防衛が何らかの相乗効果を持つということである。積極的に口吻で突き刺す1齢幼虫と分泌液で動きを止める無翅成虫という、まったくメカニズムの異なる2つの防衛行動が組み合わされることで単なる足し算以上の効果をもたらしているのかも知れないという。
防衛行動の生態学的・生理学的メカニズムの理解をさらに進めることで、この新規の分業システムが進化してきた過程を明らかにできるだろうと、研究グループはコメントしている。