東京大学(東大)は1月15日、障害を受けた肝臓ではFGF7というタンパク質が発現して、これが肝細胞を生み出す元となる肝前駆細胞を活性化し増幅させることで再生を担うことを明らかにしたと発表した。
同成果は、同大分子細胞生物学研究所の宮島篤 教授、同 伊藤暢 助教、日本学術振興会の高瀬比菜子 特別研究員PD(Postdoctor)(現 スタンフォード大学医学部 博士研究員)らによるもの。詳細は生物学に関する学術雑誌「Genes & Development」に掲載された。
肝臓は再生能力が非常に高い臓器であり、障害の種類や程度に応じて異なる様式で再生することが知られている。例えば、臓器移植などの際に、その一部を外科的に切除すると、残存部分の肝細胞(肝臓の大部分を占め、実質的な機能を担う細胞)が肥大や増殖をすることで、短期間の内に元の臓器の大きさにまで回復することが可能だ。一方、薬物や毒物などにより重篤あるいは慢性的な障害を受け、肝細胞自身の増殖が阻害された場合では、正常な肝臓では存在が認められない特殊な「肝前駆細胞」が肝臓内で活性化されて増幅し、これが肝細胞や胆管の細胞へと分化することで機能を回復させると考えられている。こうした再生メカニズムの研究は従来、その多くがラットやマウスの外科的切除(部分肝切除)モデルを用いたものが主流であったが、近年、ヒトの肝疾患の病態をより良く反映する系として肝前駆細胞の活性化を伴う障害・再生モデルの解析が注目されるようになってきた。しかし、肝前駆細胞の活性化を制御するメカニズムや、それらが実際に肝再生に寄与しているのかについては、これまでほとんど明らかにされていなかった。
研究グループでは、胆汁鬱体や慢性肝炎などの様々な種類の肝障害について、それぞれのモデルマウスを作製して肝臓組織を解析したところ、肝前駆細胞の周囲には別の種類の特殊な細胞が存在しており、それらが線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor:FGF)ファミリ」と呼ばれる、細胞間での情報の伝達を担う一群のタンパク質の内の1つである「FGF7(keratinocyte growth factor:KGF)」を産生して肝前駆細胞を刺激・活性化することを見出した。また、岩手医科大学の滝川康裕 准教授らとの共同研究により、急性肝炎や劇症肝炎の患者においても、血清中のFGF7タンパク質量が増加することが確認できたという。
次に、遺伝子改変によりFGF7の機能を欠損させたマウスを用いた解析を行ったところ、このマウスでは肝毒性を持つ薬剤の投与による肝障害が顕著に増悪化し、致死率が有意に上昇していることが確認された。一方、マウスの肝臓で強制的にFGF7を発現させると、障害が無い状態でも肝前駆細胞の活性化を人為的に引き起こすことが可能であったほか、肝障害モデルにおいてFGF7を過剰に発現させることで、再生を誘導・促進し、障害の程度を軽減させる効果があることが判明した。
これらの結果は、肝障害時にFGF7を介した細胞間の相互作用が肝前駆細胞の活性化に重要であることを示すと同時に、肝前駆細胞が実際に肝臓の再生に積極的に寄与する可能性を強く示唆するものと研究グループではコメントしており、肝再生に関わる新規メカニズムを分子・細胞レベルで明確に示されたことは、肝臓の持つ強い再生能力の秘密の一端を解き明かすと共に、臓器/組織の再生を司る基本原理の理解へとつながるものであるとしている。
そのため将来的には、FGF7あるいは関連する分子を用いることで、種々のヒトの肝疾患に対する新規治療法の開発への応用が期待されるとしており、再生医療として期待されるiPS細胞などから体外で人工的に作り出した細胞・組織・臓器を移植するという治療法に加えて、「生物に本来備わっている再生能力を引き出し、増強する」という新たな視点での治療戦略を提示しうるものになることが期待されるとしている。