東京大学(東大)は1月15日、雄のマウスの尿から発せられて、雌を惹きつける新規物質として不飽和脂肪族アルコール「(Z)-5-tetradecen-1-ol」を発見したと発表した。

同成果は同大大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻の吉川敬一 特任研究員、同大大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 修士課程(当時)の中川弘瑛氏、同大大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻の森直紀 助教、同 渡邉秀典 教授、同 東原和成 教授らによるもの。詳細は「Nature Chemical Biology」に掲載された。

匂いを感知する鼻の匂いセンサは、嗅覚受容体と呼ばれるタンパク質であり、1991年にBuckとAxelによって1000種類の遺伝子群として発見され、90年代の終わりに実際に匂い物質と結合できることが証明された。その後、それぞれの嗅覚受容体がどのような匂い物質を認識できるのかを調べるために、「合成香料レパートリー」の中からリガンド探索が行われてきたものの、一方で嗅覚受容体が実際に自然界でどのような情報物質を認識しているのかは良く分かっていなかった。例えば自然界で動物は、嗅覚を活用して、えさや天敵、交配相手などの存在に関する情報を得るが、こうした過程において嗅覚受容体が重要な役割を担っていると考えられてきた。そこで研究グループは今回、マウスが他のマウスと出会ったときに嗅覚受容体で感じている新規の情報物質の同定を試みたという。

具体的にはマウスの個体から発せられる匂い物質の産生源として、尿、涙、唾液などの体液を作る7つの外分泌腺に着目。それぞれの外分泌腺に含まれる物質を抽出し、嗅覚受容体の1つである「Olfr288(Olfactory receptor 288)」を強制発現させたアフリカツメガエル卵母細胞に投与したところ、尿を作る外分泌腺である包皮腺の抽出物が電気応答を引き起こすことを確認した。さらに、この応答活性を指標に包皮腺から活性物質を精製し構造解析を行った結果、Olfr288のリガンドとして、哺乳類で新規の物質である「(Z)-5-tetradecen-1-ol(Z5-14:OH)」が同定されたという。

詳細な解析を行った結果、Z5-14:OHは性ホルモンの制御を受けて雄マウスでのみ包皮腺から尿に分泌されることが判明。このことから同物質は雄という性の情報をもつ物質であることが示唆されたことから、行動実験を行ったところ、雌マウスはZ5-14:OHを含む雄マウスの尿に嗜好性を示すことが確認されたという。この結果、自然界で雌マウスがOlfr288を使って感じている情報物質、すなわちナチュラルリガンドの1つが、雄の尿から発せられるZ5-14:OHであることが判明したということが結論付けられた。

今回の成果を生み出す鍵となったのは、多様な物質の複合物である生体試料から嗅覚受容体のリガンドを探索できる実験方法を確立したことだと研究グループでは説明する。この方法を用いて同定した天然のリガンド物質が、どのような生理的意味を持つかが明らかになったことから、今後、同じアプローチによって、嗅覚受容体だけでなく他の多くの化学感覚受容体についても、ナチュラルリガンドと対応づけることによって、自然条件下での役割が分かってくると期待されるという。

なお、Z5-14:OHはその化学構造から脂肪酸の代謝産物であると考えられるが、ヒトの体臭もさまざまな脂肪酸代謝産物から構成されていることから、ヒト同士の嗅覚コミュニケーションにも、Z5-14:OHやそれに類似する物質が用いられているのかどうかについては、今後の興味深い課題になるとしている。

マウス嗅覚受容体(Olfr288)が認識している情報物質。雌マウスの嗅覚受容体(Olfr288)は、雄マウスと出会ったときに、雄マウスの包皮腺で作られ尿に分泌される(Z)-5-tetradecen-1-olをナチュラルリガンドとして認識し、その結果、雌マウスは雄に惹きつけられることとなる