東京工業大学(東工大)は1月10日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の協力を得て、固体ヘリウムの結晶形や結晶成長の様子を無重力で観察し、重力で潰されていた固体ヘリウム本来の姿を初めて見ることに成功し、同時に固体ヘリウムを粉砕すると、小さい結晶は消失し、一番大きい結晶がますます大きくなる現象も発見されたと発表した。
成果は、東工大理工学研究科の奥田雄一教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国物理学会誌「Physical Review」と英国物理学会誌「New journal of physics」に掲載された。
物質を十分低い温度まで冷やすと普通は固体になるが、中には絶対零度(0K)まで冷やしたとしても液体のままでいるとされる物質がある。その代表例が液体ヘリウム(4He)だ。固体ヘリウムは存在しないわけではなく、条件をそろえればヘリウムは個体化する。
まずヘリウムを1気圧で4K以下に冷却すると液化するので、その液体ヘリウムをさらに2K以下まで冷却。すると、粘性がまったく存在しないといった特異的な液体である「超流動状態」に転移する。この超流動ヘリウムに25気圧以上の圧力をかけると、ようやく固体ヘリウムが超流動相から生成されるというわけだ。
この固体ヘリウムは結晶であり、超流動ヘリウムも不思議な性質を持つが、それに負けず劣らず固体ヘリウムも不思議な特性を持つ。その結晶成長の速さは温度の低下と共に速くなり、0.5K以下の温度では数秒間という驚くべき速さで結晶が成長するのだ。しかし、地上では重力により容易に変形する(歪むのではなく結晶の形を変える)ため、真の結晶の形をとらえることはできていなかった。
ところが微小重力状態ならば固体ヘリウムの結晶の真の形を知ることができる。これは、それ自体が興味深いというだけでなく、固体の形の「基底状態」(絶対零度にした時の系の状態)を考える上でも重要な情報を得ることが可能だ。
その理由は、温度が0Kに近づくに従って、水晶や塩の結晶が示すような原子レベルで平らな結晶面が、巨視的なサイズで出現することが理論的に指摘されているものの、どの温度でどれくらいの結晶面が出てくるのか、あるいは最後まで出てこない面もあるのかなど、理論的にも不明なことがたくさんあるからだ。
奥田教授らは、それらを確かめるため、JAXAの協力を得てジェット機による微小重力実験を行うことにした(画像1)。ジェット機を上空4000mから9000mに向けて急上昇させた後、急降下へ移行すると、軌道の頂点の前後で約20秒間ほど無重力状態を作ることが可能だ。その時の軌道の形から「パラボリック飛行」と呼ばれている。
奥田教授らは、0.5Kという極低温状態を生成できる装置を開発してMU300という小型ジェット機に搭載し(画像2)、パラボリック飛行で微少重力状態を作り出し、実験を行ったのだ。実験は、遠州灘沖の特別空域において実施された。
その結果、2つの成果が得られた。1つは無重力環境で固体の形がどのように変化するかを突き止めた成果である。0.5Kで固体ヘリウムを生成したところ、液体のように水平な界面と斜めに傾いた面で囲まれた結晶が容器の1/3くらいにできた(画像3)。
この状態で無重力にすると、水平だった面が丸みを帯びながら縮んでいき、斜めの面の部分は溶けていく(画像4)。結晶がこのように変形するための駆動力は結晶の表面張力である。
重力が地上の値に戻ると、結晶はまた元の形に戻る。こうして、固体ヘリウムは地上では重力によりその形を大きく変形されていたことが確かめられたというわけだ。本当の結晶の形は無重力状態で初めてわかるということが大きな発見である。
もう1つは、結晶の形ではなく、「オストワルド熟成」という結晶種の成長・消滅の振る舞いに関する成果だ(画像5)。オストワルド熟成は、容器の中で小さな結晶が多数生成した際に、時間の経過と共に小さい結晶が消えてなくなり、その代わりに大きい結晶がますます大きくなる現象のことをいう。
オストワルド熟成の駆動力は界面エネルギー(表面張力と同じもの)で、小さく膨らませた風船と大きく膨らませた風船をチューブでつないだ時に、小さいほど表面のゴムが空気に与える力が強いため、小さい風船から大きな風船に空気が流れていくのと似ている。
しかし、通常のオストワルド熟成は、何日もかかってゆっくり進む現象で、しかも顕微鏡下でしか観察できない。ところが微小重力下にある極低温の固体ヘリウムを超音波で粉砕してその時間発展が観察されたところ、数秒間という短時間で10mmの大きな結晶に成長することが明らかになった。これは世界初の成果だという。
画像5。微小重力になった瞬間に超音波パルスにより固体ヘリウムを粉砕し、その後の時間発展を写真でとらえたもの。左から右まで3秒程度だ。この間にオストワルド熟成が起こっていることがよくわかる。円形の窓は24mm |
今回の成果を国際宇宙ステーションでの実験へ発展させるという考え方もあるが、奥田教授らは今回の成功で、航空機実験も基礎物理の研究に有用であることが示されたとしている。
現状ではMU300という小型ジェット機で実験しているが、その制約を乗り越えようと努力してさらに新しい技術が展開されることもあるとし、今後も航空機実験の路線で新しい展開を目指していくという。具体的には、よりいっそうの低温での実験に挑戦する計画だ。
今回の0.5Kの極低温の生成した装置よりももう少し複雑で、さらに低温を生成することができる「希釈冷凍機」を航空機用に改良し、0.1K以下の実験を目指すとしている。今回の実験は、そのための第1歩とした。温度や圧力を精密にコントロールし、より精密な測定をして、本当の結晶の形はどうなのかという基礎問題にさらに迫っていく考えである。
また、固体ヘリウムは壁を間違いなく濡らしてしまう。これは、無重力でも必ず壁にくっつくことを意味しており、結果として壁の影響を受けてしまっているというわけだ。本当に壁の影響をなくすにはどうすればよいかなど、新しい問題にも進んでいく計画である。