宇宙航空研究開発機構(JAXA)は1月11日、赤外線天文衛星「あかり」の観測から作成された、大マゼラン雲の赤外線天体のカタログを全世界に向けて公開したことを発表した。

「あかり」は2006年2月に打ち上げられた日本初の赤外線天文衛星。2011年11月24日に停波作業が行われ、運用が終了となったが、それまでの間に全天をくまなく観察する「全天サーベイ」の実施や、いくつかの領域を集中的に観測する「指向観測サーベイ」などを行ってきた。大マゼラン雲もその1つで、サーベイによって得られた成果は、すでにいくつもの論文として報告されている。今回の発表は、その大マゼラン雲サーベイプロジェクトの集大成というべきもので、赤外線天体カタログとスペクトルカタログが公開された。

これらのカタログは、東京大学の加藤大輔 研究員(当時)、下西隆氏(当時大学院生、現在は神戸大学研究員)、尾中敬 教授、および東北大学の板由房 助教らの研究グループが中心となって、国立天文台、神戸大学、名古屋大学、ソウル大学などの協力により作成されたもので、「あかり」の近・中間赤外線カメラを用いて、5つの赤外線波長(3,7,11,15,24μm)で撮影した大マゼラン雲の約10平方度(満月およそ50個分)の画像データから、80万以上もの赤外線天体を検出し、それらの中から信頼性の高いもの66万286個の位置や明るさを測定してカタログとしてまとめたものとなっている。また、そのうちの1757天体については、波長2~5μmの詳細な赤外線スペクトルも得られており、このデータも公開された。

大マゼラン雲は我々の銀河系の伴銀河で、銀河系の端に位置する太陽系から16万光年(銀河系の直径は約10万光年)という近い距離にある若い銀河。銀河をほぼ真上から俯瞰することができるため、1つの銀河の中で星の誕生や進化がどこでどのように起きているか、またそれらの活動がどう関連し、物質が循環しているかを研究するには恰好の天体で、盛んに研究が行われてるが、南天にあるため残念ながら日本からは見ることはできない(ちなみに2002年のノーベル物理学賞受賞者である小柴昌俊 東大名誉教授は、1987年に大マゼラン雲に出現した超新星からのニュートリノを検出したことが同賞の受賞につながった)。

すでに同カタログを元にした研究により、生まれたての星の周りに存在する氷の性質が我々の銀河系とは異なることが明らかになってきている。氷は惑星の原材料の一部であり、惑星が生成する上で重要な役割を果たしていると考えられており、「あかり」によって生み出された同カタログは、我々の銀河系以外の銀河での惑星系形成の研究を、大きく進展させることになるだろうと研究グループではコメントしている。

また、生まれたての星を無数にある通常の星の中から選び出すことは一般的に大変難しいことだが、「あかり」の3μmのデータとスペクトルデータを用いることで、正確な分類が可能となることから、星形成の研究にも強力な道具となるとするほか、宇宙空間に物質を放出している進化した星についても、カタログを用いることで放出量や進化段階を詳細に議論することができるようになるともコメントしている。

図1 「あかり」が観測した領域を、可視光での大マゼラン雲の天体写真に重ねて示したもの。(大マゼラン雲の天体写真の撮影:神谷元則氏、(C)JAXA)

図2 「あかり」近・中間赤外線カメラによる大マゼラン雲サーベイ領域全体の画像。3,7,15μmで得られたデータをそれぞれ青、緑、赤に割り当てて疑似カラー画像を合成している。左下の明るい部分が現在活発に星形成活動を行っている領域。画面全体に分布している個々の星は、細かすぎてこの画像では目立たない (C)JAXA

図3 図1の右上にある星形成領域「N48」の拡大図で、この領域内でスペクトルを取得した星のうち典型的なものを3つ示したもの。生まれたての若い星では、低温のガスとちりの雲に含まれる水(H2O)や二酸化炭素(CO2)の氷のスペクトルが観測される。年老いた星では表面のガスに、水(H2O)や一酸化炭素(CO)、あるいはアセチレン(C2H2)やシアン化水素(HCN)の分子が含まれることが分かる (C)JAXA