京都大学(京大)は1月11日、多孔性構造体の結晶サイズをメゾスコピック領域まで小さくすることで、分子を取り込んだ状態の構造を「記憶」し、加熱により「消去」可能な、形状記憶ナノ細孔の合成に成功したことを発表した。

同成果は、同大 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)拠点長の北川進 教授、同 古川修平 iCeMS准教授、神戸大学の酒田陽子 助教(当時iCeMS研究員)らによるもの。詳細は2013年1月11日付けの米国科学雑誌「Science」に掲載された。

物質はそのサイズによって機能を変化させることが知られている。例えば、金はヒトの目では金色に輝いているように見えるが、そのサイズを数nmの金ナノ粒子まで小さくすると赤色に変化する。また、半導体を数nmまで小さくした半導体ナノ粒子は量子ドットになることが知られている。これらのサイズ効果はすべて固体の無機物中での電子の動きに基づく現象であるが、固体中の分子の動きに由来するサイズ効果というものは知られていなかった。

その一方で近年、多孔性金属錯体(PCP)とよばれる金属イオンと有機物からなる、均一なナノサイズの細孔を持つ多孔性物質が注目を集めるようになってきた。この結晶性化合物は、細孔のサイズや特性を変えることができるため、目的に応じて設計することが可能であり、さまざまな分子(ガス分子、有機分子、金属イオンなど)をその細孔中に効率的に取り込むことができるためだ。PCPには大きく分けて2種類のものが存在し、1つは、「頑丈な」ナノ細孔を持つPCPで、ゼオライトや活性炭のように、常に存在するナノ細孔に分子を取り込むことができる。もう1つは「柔らかい」ナノ細孔を持つPCP(フレキシブルPCP)で、最初は細孔がひしゃげて潰れているが(閉じた状態)、分子を取り込むと同時に構造が変化し開いた状態となり、分子を抜くとまた閉じた状態に戻るといった特長を有しているため、その柔らかさを利用することで、分離材料などへの応用が期待されている。

また、フレキシブルPCPにおいては、ナノ細孔中への分子の取り込み・抜き取りを行うことで、固体中での分子を動かすことができることから、研究グループは今回、このフレキシブルPCPを利用することで、「分子の動きに由来するサイズ効果とは何か?」という問題の解明に挑んだ。

その結果、フレキシブルPCPの結晶サイズを数μmから数十μmの間で制御することに成功し、メゾスコピック領域(数百nm以下)において、まったく新しい形状記憶能が発現することを発見した。

一般的な形状記憶材料(合金や繊維)は、(1)元の形に、圧力や温度を加えることでさまざまな形に加工する、(2)その圧力や温度を元に戻しても加工した形は元に戻らない、(3)加工した形に高温処理すると元の形に戻る、という性質を利用する形で活用されており、形状記憶能を発現するためには、ある柔らかい材料を少し堅くして、加工した形を保持することが重要となっている。

フレキシブルPCPも柔らかい構造を持っており、元の(閉じた)構造に分子を吸着させると開いた構造に変化する。

「頑丈な」PCPとフレキシブルPCPの模式的な構造。頑丈なPCPは分子をそのまま細孔中に取り込む。フレキシブルPCPは閉じた構造から開いた構造へと構造変化をしながら分子を細孔中に取り込む

しかし、これまでのフレキシブルPCPでは開いた構造から分子を抜くと元の閉じた構造に戻っていた。今回の研究で発見された形状記憶PCPは一般的な形状記憶材料と同様に、(1)元の構造に分子を吸着させると開いた構造に変わるが(ここまでは綬来のフレキシブルPCPも同様)、さらに(2)細孔から分子を抜いても元の閉じた構造に戻らず、開いた構造を維持し、(3)加熱することで元の閉じた構造に戻る、といったことが判明したのである。

形状記憶PCPの模式的な構造。細孔中に分子を取り込むことで閉じた構造から開いた構造へと変化するところまではフレキシブルPCPと同じ。分子を取り除く際に、閉じた構造へは戻らず開いた構造を維持する(「記憶」状態)。その後、加熱することで閉じた構造に戻すことができる(「消去」操作)

具体的には、フレキシブルPCPの1種である「ちえのわ」型構造をもつPCPに注目して研究を実施。同構造では"ちえのわ"型は1つのジャングルジム型PCPの細孔中に、もう1つのジャングルジムがあるような構造で、"ちえのわ"のように完全に絡みあって2つを分けることができない構造をしている。

「ちえのわ」型構造体の模型。ジャングルジムAの中にジャングルジムBが入っているような構造

研究では、銅イオン、テレフタル酸、ビピリジンからなる"ちえのわ"型構造を合成し、約百μmの結晶を用いた単結晶X線回折測定によって、細孔中に分子を取り込んだ状態と、細孔中から分子を抜いた状態の構造を決定することに成功。この結果、細孔中に分子がある時は綺麗なジャングルジム型構造をとっているのに対し、細孔中から分子を取り除くとジャングルジム型構造が大きく歪んでいることが判明した。

「ちえのわ」型構造体の単結晶X線回折測定による分子構造。ジャングルジムA(緑)の中にジャングルジムB(紫)が入っているような構造。分子が細孔中にあると開いた構造になるが(吸着分子は便宜上消去)、分子を細孔中から取り除くと閉じた構造へと変化する

さらに結晶サイズを徐々に小さくしていき、数μm、300nm、160nm、110nm、60nm、50nmの結晶を合成。粉末X線回折測定によってこれらすべての結晶の構造を決定したところ、数μmから300nmの結晶においては、分子を抜くと閉じた構造に戻ったが、60および50nmの小さい結晶では分子を抜いても開いた構造を維持していることを確認。また、160/110nmの結晶では開いた構造と閉じた構造が混ざった状態であることも確認された。そこで、50nmの結晶を加熱したところ、温度を上昇するにつれ開いた構造から閉じた構造へと変化し、200℃では完全に閉じた状態へと変化することが確認され、これにより、結晶サイズを小さくしていくことで、フレキシブルPCPから形状記憶PCPへと変化していくことが確かめられた次第である。

合成した結晶の電子顕微鏡写真。50nmから数μmまでサイズ制御されている

次にすべてのサイズの結晶に対し、メタノール吸着測定を実施した。フレキシブルPCPにおいては、閉じた構造から開いた構造に変化させるために、ある一定の蒸気圧が必要になるため、ある圧力で閉じた構造から開いた構造に変化し、吸着が急激に始まる(ゲートオープン圧)。形状記憶PCPでも閉じた構造にした後に吸着測定を行ったところ、結晶サイズが小さくなるにつれて、ゲートオープン圧が高圧へ徐々に移動していくことが分かった。これは、結晶サイズを小さくなると、柔らかさが少しずつ失われ、堅くなっていることを意味しており、このPCPの形状記憶能は柔らかい構造が少し堅くなることで発現することを示すものである。

サイズ制御された結晶を用いたメタノール吸着測定。結晶のサイズを小さくするにつれて、ゲートオープン圧が徐々に高圧側へ移動する。これにより、結晶サイズを小さくすると、構造が堅くなるということがわかる

さらに、従来のPCPと今回の形状記憶PCPの違いは、細孔中に分子が存在しない構造を2種類の状態(閉じた構造と開いた構造)で、取り出すことができる点にあることから、さらなる研究として50nmの結晶サイズに合成したPCPを用いて、メタノール吸着測定を実施。まず開いた構造に対してメタノールを吸着させたところ、低圧側での強い吸着を示した。この現象は開いた構造に特徴的なものだという(ここでは構造変化がないためゲートオープン圧は存在しない)。次にこの構造を加熱し閉じた状態にした後で吸着測定を行ったところ、閉じた構造から開いた構造へと変化するため、ゲートオープン圧が示された。ここでメタノールが脱着する時には、形状記憶能のため閉じた構造には戻らず、開いた状態を維持しているため、もう一度吸着測定を行うと、最初の開いた状態と同じ吸着を示した。この実験により2種類の吸着現象がスイッチ可能であることが示されたこととなった。

50nmの結晶を用いたメタノール吸着スイッチング。まず開いた構造の状態でメタノールを吸着させると、低圧領域で一気に分子を取り込んだ(左の図)。続いて、加熱することで開いた状態から閉じた状態へ変化させ吸着測定を実施。ゲートオープン圧を示しながら閉開構造変化を示した。脱着すると形状記憶効果により、開いた構造が記憶される(中央の図)。さらにもう一度吸着をとると、左の図の吸着測定と同様の曲線を示し、開いた状態を維持していることがわかる(右の図)

この結果は、結晶サイズを小さくすることで、柔らかい構造が少しずつ堅い構造へと変化するという、分子の動きに由来するサイズ効果を示すものであるほか、形状記憶PCPを用いると2つの吸着現象をスイッチ可能であることも示すものとなった。

結晶サイズを小さくするとフレキシブルPCPから形状記憶PCPへと変化する。これは結晶サイズを小さくすることに伴い、構造の柔らかさが徐々に堅くなり、分子を取り除いても開いた構造を維持するためである

現在、PCPは内包する約1nm程度の微小な細孔を用いた研究が盛んに行われるようになってきている。中でも、フレキシブルPCPのゲートオープン圧を利用した分離材料の開発は注目されており、世界中で競争が行われている状況だ。今回の研究成果である、結晶サイズ効果による形状記憶能の発現は、学術的に大きな発見であることに加え、産業応用を視野に入れた分離技術の開発に向けた大きな成果であると考えられると研究グループではコメントしており、開いた構造から閉じた構造への変化を、現在の温度での実行ではなく、光などで自由に構造変換させることができるようになれば、必要な時に分子を取り込んだり、取り出したりすることが可能な「スマートマテリアル」へと発展させることも可能になるとしている。