東京大学 医科学研究所(東大医科研)は、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を介して免疫細胞の1種であるT細胞を若返らせることに成功したと発表した。

成果は、東大医科研の西村聡修 研究員、同・金子新 助教、同・中内啓光 教授、同・岩本愛吉 教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国科学雑誌「Cell Stem Cell」1月4日号に掲載された。

ヒトの体は、さまざまなウイルスや菌、寄生虫などの外敵およびがんなどから身を守る「免疫」というシステムを持っている。免疫は非常に多種多様な細胞により構成されており、その中に「T細胞」と呼ばれている一群の細胞があることをご存じの方も多いことだろう。

T細胞はさらに細かく分類すると、ウイルス感染細胞やがん細胞に直接攻撃を仕掛け破壊する役割を担う「細胞傷害性T細胞(キラーT細胞、CTLなどとも呼ばれる)」と、細胞傷害性T細胞をはじめとした免疫担当細胞の機能を補助する役割を担う「ヘルパーT細胞」とに分類される。今回の発見は、細胞傷害性T細胞に関するものだ。

ウイルスに感染した細胞やがん細胞は、その細胞の表面に異常を知らせる物質(自分ではない何かがあるという信号)を提示する。これは「抗原」と呼ばれ、細胞傷害性T細胞はこの抗原を感知し、異常とマークされた細胞に対し攻撃を仕掛ける。

しかし、慢性ウイルス感染やがんといった状態ではこの異常細胞を完全に駆逐できないため、細胞傷害性T細胞は何度も抗原を認識し活性化するという行動を繰り返し、細胞の寿命を決めるテロメアが短くなり、攻撃性も弱まってしまう。この現象は細胞の老化という現象とほとんど同じものである。

T細胞はその表面に「T細胞受容体(T-Cell Receptor:TCR)」と呼ばれる分子を発現しており、このTCRを使って抗原を認識する仕組みだ。無限ともいえるほどさまざまな形をとる抗原を認識するために、TCRもさまざまな形のものが用意されている。

1つのT細胞はある特定の1種類の抗原を認識するためのTCRのみを発現し、これをT細胞の「抗原特異性」という。すなわち、がん細胞に発現する抗原を認識するTCRを持ったT細胞、インフルエンザウイルスのHA抗原を認識するTCRを持ったT細胞、といったように、体の中には膨大な数の外敵から身を守るための膨大な種類のT細胞が存在しているのである。

近年、iPS細胞技術の開発により、分化が進んだ体細胞をES細胞とほぼ同等の能力を持つ多能性幹細胞に初期化することが可能になった。これにより、"自分の多能性幹細胞"から生体外で望みの細胞を作ることへの道が開けつつある。さまざまな疾患により、機能不良・不全を起こした細胞や臓器を置き換えてしまう再生医療を実現させる可能性があるものとして、大きな期待が寄せられている状況だ。

若さという側面からiPS細胞を見て見ると、iPS細胞は受精間もない細胞と同じ性質を持つが故、細胞の若さとしては極めて若い状態にある。iPS細胞を作ることは、分化してしまった細胞に多分化能(万能性)を持たせることのみならず、この若さのものさしの上で極めて若い状態へと変化させることでもあるのだ。

筋細胞や肝細胞などの体細胞は体の中でだんだんと老化していくが、もしiPS細胞から同じ細胞を作り出すことができれば、それら作り出した細胞は材料となった細胞から見て相対的に若い状態にあることが予想されていた。

研究グループは今回、あるウイルス抗原に特異的なT細胞からiPS細胞(T-iPS細胞)を作成し、そのT-iPS細胞から再びT細胞を誘導しようと試みた形だ。この一連の操作により、疲弊・老化したT細胞を、その抗原特異性を維持したまま若々しい状態へと回復させることができるのではないかと仮説を立てて、研究に取り組んだのである(画像)。

iPS細胞を介したT 細胞の若返りのモデル

研究グループは、慢性的にヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)に感染している患者の血液から「Nef-138-8」と呼ばれる抗原を認識して攻撃性を発揮する細胞傷害性T細胞を分離。そして、このNef-138-8特異的な細胞傷害性T細胞をT-iPS細胞へと初期化することに成功した。

研究グループは、このT-iPS細胞を再びT細胞へと誘導するために、「C3H10T1/2」と「OP9-DL1」と呼ばれる2種類の支持細胞を用いた分化誘導法を採用。このT細胞誘導法は広く用いられているのだが、この方法では「CD4/CD8共陽性段階」といわれる未熟なT細胞までしか誘導することができない。

そこでC3H10T1/2とOP9-DL1を用いた分化誘導法を経た細胞を、TCR(T細胞受容体)に刺激を加えながらヒトの「末梢血単核球細胞」との共培養を行うことで細胞傷害性T細胞を得ることに成功したのである。

実際に分化誘導によって得られた細胞傷害性T細胞がNef-138-8を認識できることが確認され、さらに分子の形態も患者から取り出した時点から変化していないことも確認された。

最後に、T-iPS細胞を介したことで若返った細胞傷害性T細胞が得られるのかが検証され、若さの指標である増殖性とテロメア長が測定された。その結果、T-iPS細胞から分化誘導して得られた細胞傷害性T細胞はより高い増殖性と、より長いテロメアとを有していることが確認され、T細胞としての若返りが実現していることが示されたのである。

今回の研究において、特定の抗原を認識し攻撃する細胞傷害性T細胞を若返らせる手法が確立された。得られた細胞傷害性T細胞は患者の体内においてよりよい機能を発揮すると考えられ、慢性感染症やがんに苦しむ患者への画期的な治療法を提供することが期待されるという。

また、若返った細胞傷害性T細胞は自家移植のみならず、「ヒト白血球抗原(HLA)」がマッチする別の患者にも輸注可能であると考えられるため、さまざまな疾患に対する抗原特異的なT-iPS細胞バンクによる素早い免疫療法が実現するのではないかと期待されると、研究グループはコメントしている。