北海道大学(北大)は、自然界の種の多様さと関わり合いの複雑さが種の進化にどのように作用するのかを調査するため、ヤナギを食べる多様な昆虫種を国内とフィンランドのさまざまな地域で調査した結果、地域ごとに異なる昆虫種の組成が、それらの昆虫種と同じヤナギを食べるヤナギルリハムシの"味の好み"を地域ごとに多様に進化させていることを確認し、昆虫種が、その組成に依存して、植物の被食応答を介して特異な植物の状態を作り出し、それが昆虫の性質の多様化を促進することを明らかにしたと発表した。

同成果は、同大 北方生物圏フィールド科学センターの内海俊介氏、京都大学生態学研究センターの安東義乃氏、東フィンランド大学生物学科のHeikki Roininen氏、京都産業大学生命科学科の高橋純一氏、京都大学生態学研究センターの大串隆之氏らによるもの。詳細は、米Wiley-Blackwellと仏国立科学研究センター(CNRS)によって発行される科学誌「ECOLOGY LETTERS」に掲載された。

ダーウィンの著書「種の起源」では、最終段落に生物は多様な種との複雑な関わり合いの中で生活し、子孫を残し、進化してきたという考え方を表す「絡み合った堤」という比喩が出てくるが、これまで実際にそれを検証することは難しく、自然界の種の多様さと関わり合いの複雑さが種の進化にどのように作用するのかはほとんど謎のままであった。今回、研究グループは、植物の上に生活する昆虫類に注目し、この問題の解明に挑んだ。

陸上の植物は多様な昆虫に攻撃されるが、動くことができないため身を守る手段を発達させてきた。例えば、葉がかじられたという信号を受けとった時、防衛に役立つ化学物質を増産したり、急激に枝を伸ばして食べられた分を補ったりと、柔軟にその状態を変化させる応答で対抗する(被食応答)。この応答の仕方はさまざまで、食べた昆虫種によって異なるため、研究の前段階として、地域間の昆虫種の組成の違いが、この被食応答を介して植物の状態に反映されることを予測した。また、植物の被食応答は、同じ植物を食べる他の昆虫の繁殖にも強く影響を与えるため、それらの昆虫が植物の被食応答に合わせ地域ごとに適応進化してきた可能性があると予測。これらを通して、周りの多様な昆虫種の組成が間接的に特定の種の性質を多様に進化させるという仮説を立て、その検証を行った。

具体的には、ヤナギとヤナギを利用する昆虫種をモデルとして調査を行った。ヤナギの仲間は、葉を食べられた後、食われて失った分を補う再生長反応を示すことが知られており、日本国内とフィンランド内のさまざまな地域で、ヤナギ上で生活する昆虫種の組成とヤナギの再生長の状態を調べあげた結果、その昆虫種の組成が違うとヤナギの再生長レベルが異なることが判明した。

左は葉を食べられた後のヤナギの再生長(先端がそのままでも新しい枝葉が急激に横から伸びる様子。矢印)。中央は日本の調査地。右はフィンランドの調査地

また、この全調査地域に唯一共通して分布し、年間に何度も繁殖を行う「ヤナギルリハムシ」という昆虫を、各地域から採集し、実験室で"味の好み"をエサ選択実験によって測定したところ、グルメタイプ(ごく若い葉のみを極端に選択して食べ、無ければ何も食べないタイプ)から無節操タイプ(若葉も成熟葉も選ばず、あるものを食べるタイプ)まで連続的に変異があり、その変異のパターンは地域におけるヤナギの再生長レベルとよく一致することが明らかとなった。

ヤナギの再生長レベルが高いほどグルメタイプが優占。日本、フィンランドそれぞれでも、両方合わせたデータでも再生長レベルのみで良く説明される

この結果は、再生長が盛んな場所では若葉が季節を通して常に生産されるため、グルメタイプがより有利になり、再生長が弱く若葉が枯渇しやすい場所ほど、無節操タイプがより有利になるためと考えられるという。

また、ミトコンドリア遺伝子解析の結果から、ヤナギルリハムシは地域間で遺伝的な交流が少ないことが判明し、それぞれの地域で独立に進化が生じる可能性が示された。

さらに、ヤナギと複数の昆虫種からなる人工生態系を作り、その中にヤナギルリハムシを導入して適応度を計測した進化実験を実施したところ、野外で得られたパターンの再現により、ヤナギの再生長を誘導する昆虫種がいればいるほどグルメタイプが進化し、別の種の組成でヤナギの再生長の誘導が弱い場合には無節操タイプが進化することが証明された。

加えて、ヤナギの再生長の作用とは逆の方向に進化的な作用をもつアブラムシの影響も検出されたという。このアブラムシは日本国内のどの地域にも広く分布し、若葉にコロニーを形成する種で、若葉の質を低下させるために、グルメタイプを阻害し、無節操タイプに利すると推測されたことから、ヤナギルリハムシの"味の好み"の進化は、地域ごとに異なるヤナギの再生長を誘導する昆虫種の数と、どの地域にも普遍的なアブラムシの影響のバランスによって決定されていることが結論づけられたと研究グループでは説明する。

ヤナギルリハムシの"味の好み"の進化の概念図

今回の研究成果は、直接的なつながりを持たないような種間において、一方が一見取るに足らない種であったとしても、地域の生物相から失われるだけでその地域に生息する他方の種の進化にまで間接的に重大な影響を及ぼすことを示すものであり、これまでに見過ごされてきた、ある遺伝子が地域から失われるプロセスである可能性もあるという。

そのため、研究グループは今後、絶滅を含む、地域の生物相における種の組成の変化速度と、進化の速度を明らかにすることで、進化の視点を組み込んだより適切な生態系の保護管理の提案につなげていけるものとの期待を示すほか、実際に保全の対象となっている種や生態系においても、周りの種の組成が進化に与える影響を検証する必要があるとコメントしている。