理化学研究所(理研)は12月25日、血液中を循環するがん細胞を高感度に捕捉し、そのがん細胞を生きたまま剥離できるナノデバイスを開発したことを発表した。転移性のがんの診断や治療後の経過観察に有効だという。
同成果は、理研基幹研究所 Yu独立主幹研究ユニットのYu Hsiao-huaユニットリーダー、Zhao Haichao基幹研究所研究員、Luo Shyh-chyang基幹研究所研究員と、米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)分子薬理学部Tseng Hsian-Rong准教授らによるもの。詳細は独科学雑誌「Advanced Materials」オンライン版に掲載された。
循環腫瘍細胞(CTCs)と呼ばれるがん細胞は、がんが始まった場所にある原発性腫瘍から、血液やリンパ液中を流れて転移を引き起こすことが知られており、この転移ががんの主な死亡原因の1つとなっているため、CTCsの動向を正確に把握する必要がある。
一般にがんの診断では、直接組織の一部を採取する生体組織診断が行われているが、患者の身体的負担は少なくない。一方、血液検査だけでCTCsを検出する方法は、利便性に優れ、患者に負担が少ないことから、転移性のがんの経過観察や治療効果の早期判定など有用である。しかし患者の血中には、血液1mL中に血液細胞が109個存在するのに対し、CTCsは数~十数個ほどしか存在せず、すでに米国では米Veridexが開発した、CTCsと結合する抗体(抗EpCAM)を磁性粒子に固定化したセルサーチ(Cell Searc)がアメリカ食品医薬品局(FDA)により承認されているものの、さらなる高感度化が求められているほか、捕捉したCTCsを詳細に調べられるよう、生きたままCTCsを剥離する技術などが求められていた。
すでに、UCLAの研究グループが、直径100~200nm、長さ15~20μmの柱が高密度に立ち並んだシリコンナノワイヤに抗EpCAMを付けた、高感度CTCs検出デバイスの作製に成功していたものの、高い生存率で剥離することができないという課題があり、今回、共同研究グループは、そうした課題の解決に向け、UCLAのCTCs検出デバイスをもとに、新たなナノデバイスの開発を試みた。
具体的には、まずシリコンウェハを化学処理してシリコンナノワイヤを作製。次に、32℃を境に高分子鎖が伸縮する温度応答性高分子(PIPAAm)でできた高分子ブラシを、シリコンナノワイヤの表面にコーティングし、その後、CTCsを選択的に捕捉するために、抗EpCAMを高分子ブラシに固定化した。この作業により、ナノ構造による高い検出能、抗体に由来する高い抗原選択性、温度応答性高分子の伸縮特性を生かした温度変化による細胞の捕捉と剥離を可能が可能になったという。
実際に、ヒトの血液1mL中に10個~1000個のCTCsを添加した疑似サンプルで、このナノデバイスの有効性を検証したところ、どの濃度条件下でもCTCsだけを選択的に検出し、70%以上という高い検出能を得ることができたという。また、37℃ではPIPAAmは縮んでCTCsを捕捉する一方で、その後4℃に冷却するとPIPAAmは伸びて、ほぼ損傷せずに約90%の生存率で剥離できることが確認され、この結果、細胞の捕捉と剥離という異なる機能の両立を、高い効率で達成できることが示された。
なお研究グループは、今後研究を進め、検出感度をさらに向上させ、目的のがん細胞を選択的かつより多く回収できるようにすることで、純度が高いサンプルから有益なデータの抽出を可能とし、進行性や転移性がんの診断につなげたいとしており、血液検査だけで診断するデバイスの開発により、患者の身体的負担の軽減と、がん治療後の経過観察の効率化に貢献したいとしている。