放射線医学総合研究所(放医研)は12月21日、放射線障害やがん、動脈硬化など多くの病気の原因となるフリーラジカルから身を守る能力を、造影剤と高磁場MRIを使って検出・イメージングする手法を開発したと発表した。
同成果は放医研 分子イメージング研究センターのバカロヴァ・ルミアナ主任研究員、青木伊知男チームリーダー、佐賀恒夫プログラムリーダーおよびブルガリアのトラキア大学のジェレヴ准教授、ガジェバ教授らによる国際的な共同研究によるもので、がん専門誌「European Journal of Cancer」オンライン版に掲載された。
放射線の生体への作用は、「放射線が直接DNAを切断する直接作用」と、「放射線が体内で活性酸素やフリーラジカルを生成し、これらの働きを介して作用する間接作用」との2通りがある。γ線やX線などの放射線において、フリーラジカルは、生体を傷害する主要な原因になる一方、活性酸素やフリーラジカルは呼吸など生命を維持する活動の際にも常に体内で作られ、通常の健康体ではこれらを分解・消去する機構が働くことで、多少増加しても健康が維持されている。
しかし、分解する機構が傷害されて速やかに消去できなくなると、がん・動脈硬化・心筋梗塞や脳梗塞などの生活習慣病、あるいは肌のしみや色素沈着などの加齢性変化など、様々な病気の発症や悪化、老化につながると考えられており、このフリーラジカルの発生と、それに対する抵抗性(フリーラジカルを消去する能力)のバランスが、健康を維持するうえで重要となることから、体内でどのような状態になっているのかを観察することは、多様な生活習慣病や放射線障害の予兆を捉え、これらの疾病た障害の発症前あるいは超早期の診断につながることが期待されている。
今回の研究では、フリーラジカルに対する抵抗性を非侵襲的な断層イメージングで観察するために、ニトロキシル・ラジカル造影剤(信号を出す酸化型のもの)をがんマウスに投与し、その変化を高磁場MRIを用いて観察した。この造影剤は、フリーラジカルを消去する能力を反映して、酸化型から還元型に移ることでMRIの信号が消えるよう設計されたものだ。
まず、健康なマウスに同造影剤を投与したところ、脳および筋肉の両方で、5分程度で信号が消えた。これは、フリーラジカルを分解する酵素など「フリーラジカルを消去する能力」が正常に働いて、造影効果を消したことを意味する。一方、脳にできるがん(脳腫瘍・神経芽細胞腫)を持つマウスに投与したところ、がんの組織では、信号は少なくとも15分以上持続し、投与前の状態に戻るには極めて長時間かかることが観察された。
腫瘍の組織では、活性酸素やフリーラジカルが大きく増えることが知られていることから、この反応は予想通りではあったが、この信号の持続が、"がんの組織ではない、正常と思われる部位(転移もない部位)"でも観察されたという。これにより、がんを持つマウスでは、がん転移のない組織でも"フリーラジカルを消去する能力"が低下しており、フリーラジカルが十分に消去できていないということが示唆された。これは、がんが発見されていなくても、この信号の持続を観察することで、多くの病気の予兆となる"フリーラジカルを消去する能力"の低下を見つけ出すことができる可能性が示されたことになると研究グループでは説明する。
さらに、この観察結果を確認するために、大腸がんを皮下に移植したマウスでも同様の実験を実施したところ、やはりほぼ同じ結果を得たという。これは、"全身でフリーラジカルへの抵抗性の低下"を示唆するMRI信号の持続は、脳腫瘍だけでなく、他のがん種にも共通している可能性が高いことを示したものとなるほか、がんを移植してわずか3日後の超早期かつ微小ながんのモデルでも、信号の持続に差があることが観察されたという。
この結果、同造影剤は、鋭敏に微小かつ早期のがんによる"抵抗性の低下"を検出できる能力があることが示されることとなった。同造影剤に用いられるニトロキシル・ラジカルは、造影剤としての効果のほか、放射線防護の性質を持つため、米国では、放射線治療の前に頭部に塗布することで、治療後の脱毛を防ぐ薬品として、臨床研究が進められていたり、国内でも同研究所が進める見える抗がん剤として、治療と評価が同時に実施できる技術に応用されたり、重粒子線による治療を観察する技術としても応用されるようになってきている。
また、今回の研究による、がんの組織だけでなく、全身の正常な組織でも、"フリーラジカルを消去する能力"が低下しているという発見は、単に病気の部位を診断するのではなく、病気になる前の予兆、あるいは超早期の変化を反映する可能性があることを示していることから、例えば、放射線被ばくを受けた後に、長い時間を経て病気へと変化する過程の前兆を検出できる可能性があるほか、個人によって異なる放射線被ばくに対する感受性の推定への利用、あるいは放射線治療を行う際、個人に合わせた線量の最適化への応用が期待できたり、さまざまなストレスや加齢によって生じるがん・動脈硬化・心筋梗塞・脳梗塞などの生活習慣病への抵抗性を評価する指標への利用が考えられると研究グループでは説明している。
ただし、この成果を臨床応用へ発展させるためには、近い将来、改良・開発すべきことがいくつかあるという。例えば、現状の造影剤を、ヒトに対して大量に全身に投与した場合、どのような副作用をもたらすのかが十分に分かっておらず、慎重に研究を進める必要があるとしている。今回考案された手法では、必ずしも全身に造影剤が到達する必要がないため、局所的投与による観察、体外診断、あるいは薬剤送達システム(ドラッグ・デリバリ・システム)などによる効率的な投与法を検討することで、解決できると考えられるとするほか、より安全かつ検出力の高い化合物の合成を目指し、国内外の研究機関と共に探索・改良を進めていくとしている。