東京大学は12月20日、タンパク質の生合成において重要な役割を担っているtRNAに含まれる修飾塩基として、新たな修飾構造「サイクリックt6A(ct6A)」を発見、その生合成および機能を解明したことを発表した。
同成果は、同大大学院工学系研究科化学生命工学専攻の鈴木勉 教授、同 宮内健常 特任研究員、同 木村聡 日本学術振興会 特別研究員らによるもので、詳細はNature Publishing Groupが発行している国際学術誌で、化学と生物学の複合領域にあたる研究の成果を掲載する「Nature Chemical Biology」に掲載された。
DNAに書かれた遺伝暗号(コドン)を精確に読み取り、タンパク質を合成することは、すべての生命に課せられたもっとも根本的で重要なタスクだ。メッセンジャーRNA上のコドンを読み取るのはトランスファーRNA(tRNA)の役割だが、このtRNAにはさまざまな修飾塩基が含まれており、これら修飾塩基の働きによって精確で効率の高い遺伝暗号の解読が可能になることが知られている。
中でも「N6-スレオニルカルバモイルアデノシン(t6A)」は、約40年前に発見されたもっとも有名な修飾塩基の1つで、アデニンのN6位に重炭酸由来のカルボニル基とL-スレオニンが結合した修飾塩基だ。ANNコドンを解読するtRNAの37位(アンチコドンの3'隣接部位)に存在し、バクテリア、アーキア、真核生物のほか、ミトコンドリアや葉緑体など細胞内小器官を含めたほぼすべての生物が持っており、多くの生物の生育に必須であることが知られている。これまでの研究で、t6AはtRNAのアミノアシル化、転座反応、コドンの精確な認識、読み枠の維持など、タンパク質合成のさまざまな段階において重要な役割を担っていることが報告されている。
研究グループは、高感度質量分析を用いてtRNAに含まれる修飾塩基の解析を進めてきており、その過程で今回、一部のRNA断片に想定された分子量より18Da小さいものを発見。これを解析した結果、t6Aの塩基部分から脱水した新規修飾塩基であることが判明した。
この修飾は加水分解を受けやすく、従来のヌクレオシド調製法では加水分解で生じるt6Aのみしか検出できなかったが、加水分解を起こさないような条件で調製したところ、t6Aはほとんど検出されず、代わりにこの新規修飾塩基が検出されるようになったという。
安定同位体ラベルを用いた詳細な質量分析、および化学合成された標品との比較から、この塩基はt6Aのカルボキシル基と尿素結合部分のカルボニルが脱水縮合してオキサゾロン環を形成したものであることが判明し、「サイクリックt6A(ct6A)」と名づけられた。
この構造は活性エステルの一種で、塩基性では容易に水と反応しt6Aを与えることから、従来の研究ではct6Aが加水分解したアーティファクトを観測してきた事実が明らかとなった。
さらに、ct6A修飾は、大腸菌や枯草菌をはじめとする多くのバクテリア、出芽酵母や分裂酵母などの菌類、植物、一部の原生動物など、多くの生物に広く分布していることも判明したほか、比較ゲノムを用いた遺伝子の絞り込みと、大腸菌の遺伝子破壊株の解析から、ct6A形成に関与する3つの遺伝子「csdL」、「csdE」、「csdA」が同定され、このうちcsdLタンパク質を用いると、試験管内において、ATP依存的にct6Aが再構成されることから、このタンパク質は「tRNAスレオニルカルバモイルアデノシン脱水酵素(TcdA)」と命名された。
また、csdAとcsdEはシステインからTcdAへの硫黄原子の受け渡しに関与することから、TcdAを活性化する役割があると考えられているほか、酵母においては、tcdAの相同遺伝子としてTCD1(YHR003C)とTCD2(YKL027W)が同定され、いずれもct6A形成に必須であることが判明した。加えて、これらの遺伝子が、非発酵性炭素源での酵母の生育に必須であることも判明、ct6A修飾そのもの、あるいはTCD1やTCD2が酵母の呼吸に重要な働きがあることも見出された。
このほか、ct6Aの役割については、他のアンチコドン修飾との二重欠損株で合成的な生育阻害が見られたこと、ルシフェラーゼ遺伝子を用いたレポーターアッセイにより、tRNALysのコドン認識能をサポートする働きがあることが示された。リボソームにおけるコドン-アンチコドン対合の構造モデルから、ct6Aのオキザソロン環がコドン1字目のアデノシン塩基とスタッキングし、さらに側鎖のヒドロキシ基がアデノシンのN7位と水素結合できることが示され、ct6A修飾によるコドン認識が効率よくおこなわれる仕組みが推定されたという。
今回の成果は、40年の間、信じられてきたRNA修飾の化学構造が、実は細胞内ではまったく異なる構造をとっていたことを示したものであり、これまでのt6A構造を前提とした関連研究の見直しを迫るものになると研究グループではコメントしているほか、タンパク質合成というすべての生命にとって最も根本的で重要なイベントを正しく理解するために、大きく貢献する成果になるとしている。また、生体内にはしばしば化学的に不安定な構造が存在し、抽出方法や分析方法によっては間違った構造を解析している例があることが示されたことから、従来の生体分子の解析法に問題がないかどうか、再考を問いかけることにもつながるとしている。