東京大学(東大)は12月20日、グラファイト表面にヘリウム3の単原子層膜を吸着させた2次元ヘリウム3原子系の熱容量を、絶対零度に近い2mKの超低温度まで測定し、この系が、量子気体になるのではなく、これまで知られるどの液体よりも低密度の液体相の「水たまり(パドル)」状に凝縮し、それ以外の基板表面は真空となることを発見。さらに、これが2次元ヘリウム3原子系の普遍的な性質であると結論付けたことを発表した。
同成果は、同大大学院理学系研究科 物理学専攻の福山寛 教授と日本学術振興会特別研究員の佐藤大輔 博士の研究グループによるもので、詳細は米国物理学会誌「Physical Review Letters」に掲載された。
物質は一般に、十分高温で構成粒子が自由に動き回る気体となり、低温では粒子間引力のためにまず密度が高い液体となり、より低温になると自由な運動をやめて固体となるが、質量が小さく引力も弱いヘリウム原子(4He)の場合、ハイゼンベルクの不確定性原理のため、絶対零度でも液体のまま固化しない。このような液体は「量子液体」と呼ばれ、超流動現象などの性質を有している。
絶対零度でも真の安定状態として気体にとどまる量子気体は存在するのか否か。その唯一の候補と考えられてきた物質が、ヘリウム3原子(3He)を2次元空間に閉じ込めた系(2次元ヘリウム3)だ。ヘリウム3は原子核の中性子が1つ少ないためヘリウム4より軽く、空間次元が下がると量子ゆらぎが増す一方、周囲の原子数が減って引力も弱くなるためだ。
そこで研究グループは今回、グラファイト表面にヘリウム3の単原子層膜を吸着させることで2次元ヘリウム3系を作りだし、これを絶対零度に近い2mKまで冷却してその熱容量を詳細に測定した。その結果、従来の理論予測と異なり、この系が超低温下で希薄な液体に自己凝縮することを発見した。
ヘリウム3はフェルミ-ディラック統計に従うフェルミ粒子であるため、その気体または液体の熱容量は十分低温で温度に比例するほか、2次元のフェルミ粒子系の場合、その比例係数(ガンマ係数)が粒子の面密度によらず、系の面積と粒子の有効質量だけに比例するというユニークな性質があるため、系を希薄にしてゆくと、有効質量は裸のヘリウム3原子質量に近づくことから、ガンマ係数は一定値に近づくはずであった。
しかし、実験データでは面密度0.6nm-2(1nm2あたり原子0.6個)以下で鋭角的に折れ曲がり、ガンマ係数は原点に向かって直線的に減少していた。これは系が臨界密度0.6nm-2を持つ量子液体と密度がほとんどゼロに近い部分に相分離することを意味しており、絶対零度ではすべてのヘリウム3が単原子層の"水たまり(パドル)"状に自己凝縮し、それ以外の基板表面は真空となることを示す。
この現象は、以下の3つのいずれの系でも観測され、臨界密度もほぼ同じ(0.8、0.6、0.9nm-2)であったという。
- グラファイト表面に直接吸着したヘリウム3単原子層膜
- グラファイト表面とヘリウム3単原子層膜の間に高密度の単原子層固体ヘリウム4を挿入した場合
- 単原子層固体ヘリウム3も挿入した場合
これらの実験事実から研究グループは、これがヘリウム3を2次元空間に閉じ込めたときの普遍的な性質であると結論付けたという。
観測されたパドルは極希薄で、その平均粒子間距離(1.4nm)は3次元の液体ヘリウム3の3倍以上であり、3次元の質量密度に換算すると0.002g/cm3となり、これまで自然界で知られるもっとも低密度の液体水素(H2)の1/30と桁違いに小さいものとなる。
従来の研究では、パドル形成を観測したと主張するグループと観測しなかったと報告するグループがあり、状況は混沌としていた。しかし、それらの実験の多くは、2次元性が良くない多孔質の吸着基板が使われたり、数原子層の超流動ヘリウム4薄膜の上に"浮かんだ"ヘリウム3系に対する実験であったため同位体相分離の効果が無視できなかったりと、必ずしも純粋な2次元ヘリウム3の気相-液相転移を議論できるものではなかったという。今回の研究では、原子スケールで平坦な表面を有するグラファイト基板を使用したこと、ならびにそれでも残存する基板の不均一効果の除去に成功したことが成果に結びついたと研究グループでは説明する。
フェルミ粒子の多体系を正確に理論的に扱うのは現代物理学の難問の1つであるが、今回の結果は、従来の理論計算の予想を覆すものとなるものであり、その発展を促す1つの契機になるだろうと研究グループではコメントしている。また、グラファイト表面に特有な未知の間接引力がヘリウム3原子間に働いており、これが自己凝縮の隠れた原因かも知れないが、グラファイト表面を固体ヘリウムの1~2原子層で覆った場合と覆わなかった場合で同じ実験結果が得られたという事実は、これと矛盾するように見えることから、今後の研究により、その謎の解明が期待されるとしており、まずは、80mK以上1K以下と予測される気相-液相転移の臨界温度を直接観測することを次の重要課題として研究を進めていくとしている。