東京都医学総合研究所(都医学研)、東京大学、東京都福祉保健局の3者は、順天堂大学との共同研究により、自閉症の主症状である「社会性相互交流障害」が、抗腫瘍薬、免疫抑制薬として複数の国で認可されているmTOR阻害薬の1種の「ラパマイシン」により改善することを、2種類の「結節性硬化症」モデルマウスを用いた動物実験により明らかにしたと発表した。

成果は、都医学研の池田和隆参事研究員、東大大学院 医学系研究科の水口雅教授、順天堂大学の樋野興夫教授、同・小林敏之准教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、英国時間12月18日付けで英国オンライン専門誌「Nature Communications」に掲載された。

自閉症は社会的相互交流障害、コミュニケーション障害、反復的・常同的行動を主症状とする発達障害だ。自閉症の有病率は人口の1%以上ともいわれ、社会適応の困難が強いことが医学的、社会的に問題となっている。

一方、結節性硬化症は自閉症を高率に合併し、自閉症の基礎疾患の中では頻度が最も高いものだ。結節性硬化症の原因遺伝子はTSC1とTSC2の2つで、それらのタンパク産物はmTORを介した細胞内情報伝達系に属し、細胞の増殖・成長や死(アポトーシス)を制御している。

またこの系には「PTEN」(PTEN遺伝子変異は大頭を伴う自閉症の原因となる)、「FMR」(FMR遺伝子変異は脆弱X症候群の原因となる)などの遺伝子も属しており、それらの変異も自閉症の病因となることから、自閉症に関連した脳機能にも関与することが判明済みだ。そこで共同研究グループは今回、結節性硬化症モデルマウスを用いた行動薬理学的研究を実施することにしたのである。

ヒト結節性硬化症1型および2型に対応する遺伝子変異を持つノックアウトマウス(3~7カ月齢の成獣)に対し社会的相互作用試験を行った結果、新奇マウスに対する探索行動が減少し、後肢による立ち上がり行動が増加することが判明。ほかの行動解析のデータと総合した結果、これらの行動異常はヒト自閉症における社会的相互交流障害に相当することが示されたのである。

ところがラパマイシンを投与すると、探索行動が増加し、立ち上がり行動が減少して正常(野生型)マウスと差がなくなった。すなわち自閉症様行動異常が改善したものと考えられた次第だ。

次に2型モデルマウスの脳内の遺伝子発現とタンパクリン酸化状況を調べた結果、mTOR系の複数の遺伝子発現(メッセンジャーRNA量)に異常が生じており、mTOR系下流のタンパク質「S6K」のリン酸化が亢進していたことが判明。ただし、ラパマイシン投与後には多くの遺伝子の発現とS6Kのリン酸化が正常化することが確認されており、これはラパマイシンによる行動の改善が、mTOR系の遺伝子発現とタンパクリン酸化の正常化を介したものであることが示された形となったというわけだ。

自閉症に対する薬物治療は従来、表面的な対症療法がほとんどで、社会的交流障害を改善する効果は乏しかった。今回の研究で注目したラパマイシンによる薬物治療は、mTOR系を分子標的として、結節性硬化症などmTOR系の機能異常に起因する自閉症の病態を是正する本質的な治療法となりうるもので、今回の成果は、この治療法が自閉症の中核症状である社会的相互交流を改善すること、発達期を過ぎた大人になってからでも効果を発揮し得ることを動物実験で示したものとなる。

なお、mTOR阻害薬はすでに抗腫瘍薬、免疫抑制薬として複数の国で認可されている医薬品であり、日本でも近い将来、結節性硬化症に合併する腫瘍の治療薬として認可される見込みがあるという。

今後、mTOR阻害薬を自閉症治療薬の治療薬として応用できる可能性は大きいと期待され、今回の研究成果を起爆剤としてトランスレーショナルリサーチ(基礎研究成果を臨床に実用化させる橋渡し研究)が加速することが期待されると、研究グループは述べている。

結節性硬化症モデルマウスの社会的相互作用の実験結果