高輝度光科学研究センター(JASRI)、大阪大学(阪大)、東京大学、理化学研究所(理研)、科学技術振興機構(JST)の5者は12月17日、X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free Electron Laser)施設「SACLA(SPring-8Angstrom Compact free-electron LAser:さくら)」において、原子レベルの表面精度を持つ集光鏡により、世界で最も強いX線レーザーのマイクロビームの実現に成功したと共同で発表した。
成果は、JASRIの湯本博勝研究員、同・大橋治彦副主席研究員、同・登野健介副主幹研究員、阪大 大学院工学研究科の山内和人教授、東大 大学院工学系研究科 精密工学専攻の三村秀和准教授、理研 放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループの矢橋牧名グループディレクター、理研基幹研究所の大森整主任研究員らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間12月17日付けで英国科学雑誌「Nature Photonics」オンライン版に掲載された。
SACLAは理研が所有し、JASRIが運用する、大型放射光施設SPring-8の施設の1つで、2012年2月に供用を開始した。それに先立つ2011年10月には、世界最短波長のXFELを実現している。
XFELとは、X線領域の波長を持つレーザーのことだ。一般的なレーザーとは異なり、物質中から真空中に抜き出された電子(自由電子)を使用してレーザー光を発生させる。XFELの光の特徴は4つの特徴を持つ。
1つ目は、物質を構成する最小単位である原子とほぼ同じ、微小なサイズ(100億分の1メートル)の波長を持つこと(X線であること)。2つ目は、光の波が完全にそろっていること(レーザーであること)。3つ目は、非常に高い輝度を持つこと(SPring-8の10億倍の明るさ)。4つ目は、100兆分の1秒という超短パルス光であること(カメラのフラッシュのように光の時間幅が短い)という点だ。
これらの優れた性質を持つ光を利用することで、基礎科学から産業応用まで、物理、化学、生物・医学、材料などのあらゆる分野において従来手法を革新する先端のサイエンスが拓かれるものと期待されている。
XFELの利用の可能性は、光を集めることで、格段に向上することが可能だ。できるだけ多くの光を小さな領域に集めて観察対象を照明することで、ミクロな世界を明るく照らし出して観ることができる。例えば、タンパク質1分子にXFELの光を集めることで、動いているタンパク質分子の原子構成を、瞬時に観察できるようになるといったことだ。
このような、「原子分解能」で「原子の動き」をとらえるスナップショット撮影が、XFELの光を利用した分析技術の1つに挙げられている。このためにカギとなるのが、XFELの強烈なX線を集めるための光学素子の開発だ。
しかし、強烈なXFELの照明下で安定して利用可能であり、かつ集光効率の高い光学素子は今まで存在せず、高強度集光ビームを利用することができていなかったのである。
XFELは極めて強い光のため、通常の虫眼鏡のような屈折レンズにその光を入射した場合、屈折レンズがほんの少しの光を吸収しただけでも、温度上昇によりレンズが破壊され、集光ビームを安定して利用できない。
そこで研究グループは、XFELを集光するために反射型の光学素子である鏡を利用して、光を1点に集める方法を採用することにした。鏡の表面にすれすれの入射角(約0.1°)でXFELを照明し反射させることで、鏡材料へのXFELの吸収を桁違いに低減可能とし、さらに、反射現象を利用することで100%に近い反射率が得られるというわけだ。
しかし、原子サイズの短波長の光であるX線を反射するため、表面でX線が乱れて反射されないように、鏡には原子レベルの凹凸にまで整えた滑らかな表面と、原子レベルの精度で設計した楕円に近い形状が必要になる。
今回の研究の目的は、原子レベルの表面精度を持つ集光鏡を開発することで、XFELを1μmの小さな領域に集めた超高強度ビームを実現することだ。
そこで研究グループは今回、反射面が楕円形状の2枚の集光鏡を用いて、XFELを1点に集光する配置を設計した(画像1)。X線は非常に浅い角度で集光鏡に入射するため、420mmの大きな鏡を開発することで、光源から来るXFELを逃さず、ほぼすべて反射し集光できるようにしたのである。
画像1は、超高強度X線自由電子レーザー集光ビームが拓く世界をイメージしたもの。SACLAと集光鏡を組み合わせることで、SACLAが発する強烈なXFELの密度をさらに4万倍に向上することができ、人類が手にしたことのない超高強度のXFELによって新しいサイエンスが切り拓かれる。
このような大型の集光鏡を原子レベルの精度で作製するには、非常に高精度な加工技術が必要だ。そこで、理研によって開発された世界先端の高効率・精密鏡面加工法「ELID(Electrolytic In-process Dressing)研削法」と、阪大によって開発された超精密表面加工法「EEM(Elastic Emission Machining)加工法」を駆使することで、集光鏡が作製された。
420mmの大型鏡の表面は、ナノメートルの精度を持つ表面にまで仕上げられた(画像2)。鏡の材料には、加工のしやすさなどから石英ガラスを用い、原子レベルの精度で表面が加工された後、表面に炭素膜を原子精度で均一にコーティングが施された。炭素はX線の吸収が非常に小さく、また融点も高いことから、反射時の鏡表面の損傷を防ぐことができるのである。
SACLAにおいて集光鏡により集光ビームを形成するにあたり、集光鏡の角度や位置を高精度に調整した後に静止する装置が必要だ。このため画像4の装置が開発された。
SACLAにおいて開発された集光鏡を評価した結果、理論通りの集光サイズの横方向:0.95μm、縦方向:1.20μmを確認し(画像5)、XFELは4万倍に増強されると共に、XFELによる世界で最も高い集光強度の6×1017W/cm2を達成した。
W/cm2の単位は、集光ビームのエネルギーの大きさを示す指標として使われており、1cm2あたりに通過するエネルギー量を「ワット」で表すものだ。ちなみに6×1017W/cm2がどのぐらいのエネルギーなのか身近なものに例えてみると、30cm四方のホットプレートがあって、1000Wの発熱エネルギー量だとすると、面積が900cm2なので、おおよそ1W/cm2ということになる。つまり、今回の高強度マイクロビームは、約60京倍の強さというわけだ。
画像4。集光鏡の高精度姿勢調整装置集。光鏡の姿勢は、精密に制御する必要がある。集光鏡は真空容器の中に入れて使用し、鏡をXFELに対して所定の角度や位置に調整した後に、角度換算で1/1万度以下で静止することが求められるのだ |
画像5。X線自由電子レーザー集光ビームの強度の分布。XFELで世界最強の集光ビームの強度分布が測定された結果、横方向0.95μm、縦方向1.20μmのサイズを達成した |
画像5に形成したXFELマイクロビームを材料に照明し、得られた照射痕を示す。ビームの強度があまりにも高いため、照射された材料が瞬時に蒸発し、跡が残る。強度を調整することで、集光ビームのサイズを見積もることができ、高強度下での材料の様子を調べることで、新しい材料物性研究への応用も可能だ。
画像5は、高強度X線自由電子レーザー集光ビームを試料に照射し得られた蒸発痕。集光ビーム強度が非常に高いため、照射された材料は、一瞬にして蒸発する。図は白金に照射した痕を電子顕微鏡で観察した像。試料に照射した集光ビーム強度は、(a)0.09μJ、(b)0.30μJ、(c)7.6μJ。(a)集光サイズとほぼ同じサイズの蒸発痕。照射する強度を調整することで、集光ビームのサイズを見積もることができる。(bとc)さらに強度を上げると、マイクロビームが照射した周辺も巻き込んで爆発的に材料が蒸発する。
今回の研究の意義は、大きく2つ挙げられるという。まず1つには、X線集光鏡の開発において、今まで以上に日本が世界を大きくリードし、今後のさらなる超高強度ビーム実現へのステップになるという点だ。今回の研究の結果をもとに、XFELを10nm以下に集光し、今回開発されたマイクロビームよりも、さらに1万倍強いナノビームの実現へと研究が進んでいるという。
2つ目には、今回の研究により実現したXFELの超高強度マイクロビームは、すでにSACLAの実験者が利用できるという点だ。先端研究で開発された集光鏡による高強度マイクロビームが道具としてすでに利用され、次の先端研究を拓いているのである。
超高強度ビームを利用することで、化学反応の瞬間の超高速の原子の動きの観察や、タンパク質など生命活動に重要な分子の原子構造の観察、さらには宇宙空間における激しい反応状態を作り出すことや、物質・反物質が何もない空間から生まれる「真空崩壊」に迫るといった極限状態の創出(通常は起こらない特異な物理現象(X線非線形光学))が将来期待されるという。
これにより、日常生活を支える優れた触媒や燃料電池などの高機能材料の開発、疾病の原因解明や新薬の開発など、今回の研究で開発された集光ビームは未来科学を支えるさまざまな先端分野に大きく貢献していくものと期待されるとしている。