ARMは、2012年12月5日に都内で同社64bitコア「Cortex-A50シリーズ」の記者説明会を開催し、組み込みプロセサ部門副社長のKeith Clarke氏とシステム設計部門の上級副社長のJohn Cornish氏が来日して説明を行った。
携帯機器からデータセンターまで1種類のプロセサでのカバーは不可能
Clarke氏は、コンピュータのトレンドとして、タブレットなどのモバイルデバイスが主流となるのであるが、無線の基地局やサーバまで考えると1種類のプロセサで全部をカバーするのは無理で「One Size Does Not Fit All」であると、64bitのARMv8アーキテクチャを開発した背景を説明した。そして、ARMv8命令アーキテクチャを実装する最初の製品としてARM Cortex-A57とA53を説明した。
A50シリーズは、ARMの64bit命令アーキテクチャであるARMv8を実装する初のプロセサIPである。すでに、11月に発表されているように、A50シリーズには、A57というハイエンドコアとA53という低電力コアがある。
A57は32bitモードにおいて、2012年時点で市販されている最上位のスーパーフォンのプロセサ(4コアCortex-A9)の3倍の性能、また、次期のタブレットと比較して5倍の電力効率を実現するとしている。そして、セキュリティも強化しており、暗号化の性能は10倍という。
これらに加えて、エンタープライズのアプリケーションに対応するため、64bit空間をサポートし、浮動小数点演算性能も強化している。そして、16コア以上という高いスケーラビリティを持つという。
つまり、軸足は当面、32bit空間で十分なモバイルデバイスに置き、 32bitモードは従来製品と比べて、性能や電力効率を引きあげて戦う。そして、64bitアーキテクチャを実装し、出現しつつあるサーバ市場に向けてARMプロセサ陣営の軍備を増強するというわけである。
一方、Cortex-A53は、Cortex-A9と同等の性能を、同一プロセスを使った場合で40%強小さなチップ面積で実現し、今日のスーパーフォンをより安い価格で提供できようになるという。しかも、このチップ面積でA57と同じ64bitアーキテクチャもサポートしている。
そして、このA57コアとA53コアの間でアーキテクチャ状態を移動するARMの「big.LITTLE」という使い方をサポートする。bigLITTLEでは、高い性能が必要な場合はA57コアを使うが、負荷が低くなると、同じ仕事をするにも消費エネルギーが小さくて済むA53に仕事を移す。このようにすると、A57コア単体の場合と比べて、低負荷の場合の消費電力を減らすことができ、電池寿命を延ばすことができる。
次のスライドは65nmプロセスと45nmプロセスで作られたCortex-A8のシステム、2コアのCortex-A9、最先端の4コアCortex-A9、2013年に出てくると見られる2コアのCortex-A15と2コアのCortex-A7のbig.LITTLE構成と、右端の2コアのCortex-A57と2コアのCortex-A53のbig.LITTLE構成のピーク性能を消費エネルギーを比較したものである。
左から、Cortex-A8(65nm)、A8(45nm)、2×A9(40nm)、4×A9(32nm)、2×A15+2×A7(28nm)、2×A57+2×A53(20nm)のピーク性能と消費エネルギーの比較 |
ピーク性能は世代を追って向上しており、A57は、4コアのCortex-A9の3倍で、A15と比較しても約50%向上している。ただし、A57のA15に対する性能向上は20~30%という発言もあり、ピーク性能の改善率よりは平均的な性能向上比率は小さいようである。
消費エネルギーは世代を追うにつれて若干増加してきたが、A15とA7のペアでのbig.LITTLEの採用によりほぼ半減している。そして、A57とA53のペアは性能は上がっているが、消費エネルギーはA15とA7ペアと同程度に抑えられている。
スマートフォンからサーバまでをカバーする場合、A50シリーズでは、製品カテゴリに応じてA57とA53コア搭載の構成を変えて対応する。
それほど高い性能を必要としないスマートフォンでは、4コアA53で面積が小さく安価なチップを作り、スーパーフォンやタブレットではこれに2コアのA57を加え最大性能を引き上げる。さらに高性能を必要とするモバイルコンピュータではA57、A53ともに4コア、そして、サーバではA57コアを16個搭載し、A53コアは無しという図になっている。One Size Does Not Fit Allであるが、性格の違うA57コアとA53コアを組み合わせ、かつ、個数も変えることにより、広い範囲の用途に適合させるというわけである。
そして、ソフトウェア的には、スマートフォンなどでは64bit空間は不要なので、現在のものと同様に、32bit OSと32bitアプリが使い続けられる。一方、サーバ分野では32bitではアドレス空間が不足であり、64bit OS、64bitアプリを使うことになる。そして両者の中間の製品では、64bit OSのもとで64bitと32bitのアプリを必要に応じて混在して使用することになると見ている。
ソフトウェアは、スマホなどは32bitOS、32bitアプリ。一番上のサーバなどは64bitOS、64bitアプリを使い、中間の製品は64bitOSのもとで、32bitと64bitのアプリを混在して使う |
このA50シリーズのソフトウェア開発環境は、すでに提供が始まっているという。
半導体プロセスの微細化が進むにつれて物理設計は難しくなってきており、論理合成するRTLではなく、物理設計されたIPを使う顧客が増えている。このため、ARMは、POPと呼ぶ物理IPの開発に力を入れており、20nmプロセスと28nmプロセスのPOP IPを提供する。また、FinFETの採用もロードマップに入っており、2013年にテストチップをテープアウトする予定であるという。
Cortex-A50シリーズを使うサーバの登場は2014年の予定
John Cornish上級副社長は、Server Initiativeと題して、ARMプロセサのサーバ分野への進出に関して説明を行った。
2009年からARMプロセサでWebホスティングを行うというトライアルが始められ、これまでにUbuntu Linux、Apatche、JuJuなどのサーバ用のソフトウェアが32bit ARMプロセサ上で動作するようになった。そして、2011年にはHPがARMベースの実験サーバ、2012年にはDELLやMitacがARMベースのサーバ製品を発表という状況となり、ARMサーバのエコシステムに勢いがついてきたという。
しかし、サーバと言っても色々な用途があり、それぞれの用途でプロセサに要求される性能やストレージやネットワークの必要量が異なる。
ARMは、赤色で描かれたOLTP、HPCや伝統的エンタープライズなどの高いプロセサ性能を必要とする用途は除外し、プロセサ性能要求の小さい青色で描かれたスタティックなWebやコンテンツの配信など、中程度のプロセサ性能が必要なオレンジ色で描かれたダイナミックなWebやクラウドなどの用途にフォーカスする方針であるという。
そして、64bitのARMサーバのエコシステムの確立に向けて、ツールやLinuxのコードのオープンソースへの公開、シリコンパートナ、OS、アプリケーションスタックなどの選択が可能になるよう複数ソース化する活動を行っているという。そして、ARMライセンスを受けているチップメーカーとの協力で、64bitエコシステムの実現時期を早めていくとしている。
現在、モバイル機器のプロセサでは一人勝ちとも言えるARMであるが、A50シリーズは、この市場での優位を強化するという戦いと、サーバというこれまでARMが進出できていなかった市場に切り込むという2つの役目を担っている。
サーバ用プロセサは、モバイル用プロセサと比較すると単価が高く、利益も大きい。この市場をIntelのXeonから奪い取ろうというのがARMの狙いである。しかし、サーバ用プロセサの販売個数はモバイル用プロセサの販売個数に比べると大幅に少なく、数量は1:100とも言われる。このように個数が少ないサーバ用チップで、これまでのモバイルプロセサIPのラインセンスと同じやり方でビジネスになるのかを質問してみた。
その答えは、ARMのライセンスは、テクノロジにアクセスするための一時金と、IPを組み込んだ製品の販売価格に対するパーセンテージのロイヤリティからなっている。販売個数が少ないと1個1個の製品にかかる一時金は多くなるが、ARMが得る一時金は変わらない。ロイヤリティは、サーバ用のチップの価格が高ければそれに比例して増え、販売個数が少なくなることを補ってくれる。従って、これまでのライセンスと同じやり方で問題ないというものであった。
Cortex-A57、A53をはじめとするARMのIPを使うサーバが、既存のXeonやAtomを使うサーバよりも格段に高い性能/エネルギー効率を実現できれば、成功のチャンスは大きい。また、クラウドインフラの消費電力が減ることは、データセンターを運用する会社だけでなく、社会全体にとっても望ましいことである。
Cortex-A50シリーズを使うサーバの登場は2014年の予定であるが、そこからARM陣営とx86陣営のサーバを巡るバトルが始まる。どちらが勝つのか、あるいは平和共存に至るのか、興味深い戦いである。