産業技術総合研究所(産総研)は11月27日、「二溶媒法」という新しい手法を用いることにより、超微細な金属ナノ粒子の触媒を多孔性配位高分子の外表面に凝集することなく細孔内に均一に固定化することに成功したと発表した。
同成果は、産総研ユビキタスエネルギー研究部門 ナノ機能合成グループの徐強 主任研究員、アルシャド・アイジャズ JSPS特別研究員らによるもの。詳細は米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
水素(H2)は、エネルギー取り出し後の形態が「水」のみであるため、 環境に優しいクリーンなエネルギーとして期待されている。しかし、水素エネルギー社会の実現には、水素の貯蔵・運搬という解決されなければならないという大きな課題がある。
液化水素は、冷却液化に大量のエネルギーを必要とする上、自然蒸発が長期貯蔵における大きな問題となっている。水素吸蔵合金は、自動車などの移動型燃料電池への水素供給に対して、重量当たりの水素密度が低いことが実用化のネックとなっている。高圧ガスボンベは車載用水素貯蔵法として期待されているが、安全上の課題がある上、大規模な水素輸送や小型の移動型デバイスへの利用が困難である。これに対して、化学的水素貯蔵は、化学結合によって水素化物という安定な形で高密度の水素を安全に貯蔵することが可能なため、大規模な水素輸送や小型の移動型デバイスへの水素供給の有望な方法の1つとして期待されている。水素化物から水素を取り出すためには触媒が必要となるが、現状では触媒の活性と耐久性が不十分であり、水素化物からの水素発生反応の効率を改善できる高性能触媒の開発が望まれている。
産総研では、移動型燃料電池のための高性能水素貯蔵材料の研究に取り組んでおり、これまでに水素化物であるアンモニアボランの加水分解による水素発生反応を見出してきたほか、水素発生効率を向上させるため、水素貯蔵材料からの高効率水素発生触媒の研究開発などを行ってきている。
多孔性配位高分子は、金属イオンと有機配位子が無限に連結され、ジャングルジムに類似した構造(図1左)を有する新しい固体材料であり、近年、その内部に規則的に並ぶナノメートルサイズの細孔を有用な空間として利用しようという研究が世界で進められているほか、金属ナノ粒子触媒を固定化させる材料としても注目されるようになってきた。
これまでも多孔性配位高分子へ金属ナノ粒子を固定化するために、様々な方法が試みられてきたが、触媒になる金属粒子が配位高分子の外表面に凝集して大きくなり、触媒反応に活性を示す有効な金属の表面積が小さくなることから、触媒活性を上げることができないなどの問題が生じていた。そのため高活性で、かつ高耐久性のある触媒を実現するために、多孔性配位高分子の外表面に凝集することなく、ナノ細孔内への金属ナノ粒子を固定化する新しい方法の開発が望まれていた。
今回の研究では、親水性溶媒と疎水性溶媒を併用する新しい「二溶媒法」を用いることで、外表面に凝集することなく、多孔性配位高分子のナノ細孔内へ金属ナノ粒子を固定化することに成功したという。
図1 微細な金属ナノ粒子触媒を多孔性配位高分子の細孔内へ固定化。左図は配位高分子が持つナノ細孔構造。金属ナノ粒子の元となる前駆体は金属塩水溶液として配位高分子のナノ細孔内に導入される。右図は、配位高分子のナノ細孔内に固定化した金属ナノ粒子が高活性触媒として作用して、アンモニアボラン(NH3BH3)という水素貯蔵材料から水素(H2)を取り出す様子を示している |
具体的には、代表的な多孔性配位高分子の1つであり、内径2.9nmと3.4nmの親水性の空洞を持ち、空洞間は直径1.2nmと1.6nmの窓によってつながっているクロムの配位高分子(Cr3F(H2O)2O[(O2C)C6H4(CO2)]3を金属ナノ粒子の固定化材料として用いた。
多孔性配位高分子を疎水性溶媒(ヘキサン)に分散させ、さらに、触媒の前駆体である塩化白金酸(H2PtCl6)水溶液(親水性溶媒)を多孔性配位高分子におけるナノ細孔容積全体よりも少ない量で加えることにより、白金をナノ細孔内に完全に取り込むことができており、透過型電子顕微鏡観察の結果、合成した試料は、白金ナノ粒子が多孔性配位高分子の外表面に凝集することなく、完全に細孔内に固定化することが確認されたという(図2)。
図2 多孔性配位高分子に固定化された白金ナノ粒子触媒の透過型電子顕微鏡による観察結果。白金ナノ粒子は黒い点として観測され、多孔性配位高分子は黒い点を保持する灰色の背景として観測される。白金ナノ粒子は配位高分子の細孔径(2.9nmと3.4nm)よりも小さいため、外表面に凝集することなく、完全に多孔性配位高分子の細孔内に固定化されている |
また、この白金ナノ粒子が幅の狭い粒径分布(平均粒径は1.9nm)を有することも判明(図3)。
今回の合成法と従来法との主な違いの1つは、ナノ細孔容積全体よりも少ない量の前駆体金属塩水溶液(親水性溶媒)を用いた点にあるという。これにより、前駆体金属塩が親水性であるナノ細孔内に完全に取り込まれ、外表面に金属粒子が凝集することが回避できたという。また、もう1つの重要なポイントとして、大量の疎水性溶媒を用いたことが挙げられるという。これは、わずかな体積の前駆体金属塩溶液では、完全に固体の多孔性配位高分子試料を浸漬することができないためであり、大量の疎水性溶媒を同時に用いることで、溶媒全体に固体の配位高分子試料を分散させることができ、少量の前駆体金属塩溶液を固体の配位高分子試料全体に均一に分布させることができたとする。
今回開発された多孔性配位高分子に固定化した白金ナノ粒子触媒を用いて、アンモニアボランの加水分解・水素発生反応を行ったところ、これまで最も活性の高かった白金触媒よりも、水素発生速度が2倍向上することが確認された。また、アンモニアボランの熱分解・水素発生反応を行ったところ、燃料電池電極触媒の活性を低下させるアンモニア(NH3)などの揮発性副生成物が観測されず、かつより低温で水素を生成できることがわかったほか、反応後も白金ナノ粒子が多孔性配位高分子の細孔内に保持され、安定な触媒活性を維持し、高い耐久性が示されたという。
配位高分子には、多孔性のみならず、光特性や磁性などの優れた機能を有するものも数多く報告されている。光吸収特性を持つ多孔性配位高分子に白金ナノ粒子を固定化し、太陽光を利用した水素発生用光触媒として用いたという報告例もある。今回用いられた二溶媒法は、金属ナノ粒子に限らず、多孔性配位高分子の細孔内への各種ナノ粒子の導入や固定化に有効な手段として、今後触媒のみならず多様な用途に用いられることが期待されることから、研究グループでは今後、同法を用いて、多孔性配位高分子に固定化した金属ナノ粒子触媒の開発を進めると共に、環境やエネルギー技術に応用可能な材料に展開していくとコメントしている。