理化学研究所(理研)は11月22日、世界最高クラスの性能を誇る重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」を使った実験で、チタン-59やヒ素-90など、数μs程度の半減期を持つ中性子過剰な核異性体を新たに18種類生成・発見したことを発表した。

同成果は、理研仁科加速器研究センター 実験装置運転・維持管理室が率いる国際共同研究グループによる成果で、詳細は米国の科学雑誌「Physical Review C」オンライン版に掲載される予定。

原子核は陽子と中性子で構成され、その性質は陽子数と中性子数により決定される。地球上には、金や鉄など天然に存在する安定な原子核が約300種類存在するが、理論的には約1万種の原子核が存在するといわれており、そのほとんどが放射性同位元素(RI)と呼ばれる不安定な原子核である。安定な原子核より中性子の数が少ない原子核は「陽子過剰核」、中性子の多い原子核は「中性子過剰核」と呼ばれ、原子核を陽子数と中性子数で分類した核図表中では、陽子過剰核は安定核の左側に、中性子過剰核は右側に位置する。

核図表。原子核は陽子と中性子で構成されるが、安定な原子核の場合、その比はおおよそ1:1となる。この安定核(黒い四角)の存在するラインが安定線と呼ばれ、安定線を離れ、陽子数が多い原子核が陽子過剰核、中性子数が多い原子核を中性子過剰核とそれぞれ呼んでいる。赤丸が今回発見された核異性体、青丸が今回観測された既知の核異性体、水色の線が超新星爆発時にウランから鉄までの元素の合成過程とされる道筋でr-プロセスと呼ばれている。そして赤線の楕円がルテニウム-117、ルテニウム-119を含む、今までまったく調べられたことのない未知の中性子過剰領域で、赤の矢印(N=60)が突然的に核変形が発生して形状共存が出現するといわれる中性子数60の領域。臭素-95、臭素-96、ルビジウム-97を含んでいる

同センターでは、これら不安定原子核を探索するため、1997年から「RIビームファクトリー計画」を推進しており、ウランを光速の70%まで加速できる超伝導リングサイクロトロン「SRC」を中心とした加速器施設と、このウランビームの飛行核分裂反応によって作られるRIビームを高効率で分離・収集する超伝導RIビーム分離生成装置「BigRIPS」を用いて、2007年度より安定核領域から遠く離れた領域に含まれるRIビームを供給。2007年5月には、ウランビームの強度が最終目標の10万分の1以下ながら、パラジウム-125(元素番号46、質量数125)とパラジウム-126(元素番号46、質量数126)の2つのRIを発見していた。また、2008年11月には、ウランビームの強度を平均で約30倍増強して、マンガン(元素番号25)からバリウム(元素番号56)に至る45種の中性子過剰な新たなRIを4日間の実験で生成・発見することに成功している。

超伝導RIビーム分離生成装置「BigRIPS」の第1ステージ(左)と第2ステージ(右)

RIの中でも、比較的長い寿命を持つ準安定な励起状態にあるRIは「核異性体」と呼ばれており、これが出現するかどうかやその性質は、原子核の構造に起因する。原子核が球形の場合はその殻構造の変化などが、原子核の形状が変形する場合は球形、葉巻型、パンケーキ型などの形状遷移や形状共存などが、核異性体の性質に反映するため、不安定原子核の構造を詳細に調べるには、新たな核異性体を生成・発見し、その崩壊に伴って放出されるガンマ線を精密に測定することが有効とされている。研究グループでも、2010年の45種のRI発見時に核異性体も併せて測定しており、広範囲な中性子過剰領域にある新たな核異性体の発見とその構造解明を目指した取り組みを進めてきていた。

今回研究グループは、SRCを中心とした複数の加速器による多段式加速システムにより、ウランビームを光速の70%まで加速(核子当たり345MeVに相当)して標的に衝突させ、飛行核分裂反応によってRIを生成した。広範な元素番号の領域で効率よく探索を行うために、生成する新RIの元素番号を30(亜鉛)、40(ジルコニウム)、50(スズ)を中心に狙いを定め、BigRIPSの設定を3つに分けて実験を行ったという(各設定では、標的の厚さや種類を最適化し、元素番号30および40を狙う際は、それぞれ厚さ5.1mmと2.9mmのベリリウム、元素番号50を狙う際は厚さ0.95mmの鉛を用いたという)。

生成されたRIビームをBigRIPSで分離・収集し、下流に設置した核異性体測定用セットアップまで輸送してAlに打ち込んで停止させ、ガンマ崩壊して放出する遅発ガンマ線を3台のクローバー型のGeガンマ線検出器で測定したところ、核異性体を有するRIの存在を明確に識別でき、既知のもの36種と未知のもの18種の合計54種類の観測に成功したという。

核異性体の探索実験に使用した実験の概要。生成した核異性体を分離・収集するため、BigRIPSに設置された検出器を用い、RIビームの飛行時間、エネルギーロス、磁気剛性(軌道測定)の測定を行い、その元素番号Z、質量数Aと電荷Qの比A/Qを決定した。粒子識別されたRIビームは、BigRIPS下流に設置した核異性体測定用セットアップまで輸送され、Alに打ち込み停止させ、核異性体のガンマ崩壊によって放射される遅発ガンマ線を、3台のクローバー型Geガンマ線検出器を用いて検出した

新核異性体探索時の粒子識別図(A/Q-Zプロット)。核異性体からのガンマ線検出と関係づけをしない場合の粒子識別図(上側)と比較して、関係づけをした場合の粒子識別図(下側)では核異性体を有するRIの事象が強く残って見え、核異性体の存在を知ることができる

この結果、新たに発見された核異性体は、チタン-59、砒素-90、セレン-92、セレン-93、臭素-94、臭素-95、臭素-96、ルビジウム-97、ニオブ-108、モリブデン-109、ルテニウム-117、ルテニウム-119、ロジウム-120、ロジウム-122、パラジウム-121(2つの核異性体が存在)、パラジウム-124、銀-124、銀-126の18種類で、これらが放射する遅発ガンマ線のエネルギースペクトル、相対強度、崩壊様式、崩壊の遷移確率など豊富な分光学情報を詳細に分析したほか、理論的予想や近隣の既知核異性体に関するデータも考慮した結果、どれも半減期が数μs程度であることや、核構造に関するさまざまな知見を得ることができたという。

今回発見された新核異性体と初めて測定された半減期。18種類、19個の新核異性体で、パラジウム-121には2つの核異性体が存在している

例えば、チタン-59は球形構造を持つ核異性体であると結論され、この領域の殻構造が中性子数によってどう変遷するかが判明したほか、臭素-95、臭素-96、ルビジウム-97の核異性体は、中性子数60の領域に位置することが示された。同領域は、突然的に核変形が発生して形状共存が出現するというよく知られた領域だが、遷移確率を分析したところ、これら3つの核異性体も形状共存に起因すると解釈できたという。さらに、臭素-94の核異性体は球形構造を持ち、ルテニウム-117とルテニウム-119の核異性体は異なる形状(例えばパンケーキ形と球形)が共存する形状共存の核構造に基づくと解釈できたという(ルテニウム-117、ルテニウム-119の領域はこれまでまったく調べられたことのない未知の中性子過剰領域だという)。これらの形状共存の示唆は、この領域で核変形が起きていることを予言するもので、こうした核変形の発生は、超新星爆発時における鉄より重い元素の合成とされる「r-プロセス」の計算に有意な影響を与えるとされるため、この知見は元素の起源解明に大きく貢献するものだと研究グループでは説明する。

今回観測された既知の核異性体36種類、42個。バナジウム-60、銅-75、臭素-92、ストロンチウム-97には2つの核異性体が、カドミウム-128には3つの核異性体が存在している

なお、RIBFは、2012年時点でもビーム強度は世界最高水準であるが、加速器系の着実な高度化によって、現在より1,000倍以上の強度に増強することが可能であり、それにより約4,000種類の不安定核の生成を実現できるようになるとのことで、そのうち約1,000種類は未発見のRIであり、核構造に関しても広大な未開拓領域が残されているとのことで、今後のビーム強度増加により、物理学、天文学、化学といった基礎科学分野に新たな知見をもたらすだけでなく、応用分野にも貢献できるとの期待を研究グループでは示している。

RIビームファクトリーで生成できるRIビーム。現在、人工的に生成された原子核を含め2,900種類の原子核が知られているが、理論的にはおよそ1万種類の原子核の存在が予測されている。RIビームファクトリーでは、水色の「安定核ビームから入射核破砕反応で生成」およびピンク色の「ウランビームから飛行核分裂反応で生成」を合わせ、人類がまだ見ぬ1,000種類以上の原子核を生成することが可能だという。現在のウラン合成仮説では、超新星爆発のときに緑色の矢印(r-プロセス)上の原子核が瞬時に合成され、それらがベータ崩壊してウランまでの重元素ができたとされているが、それらはすべて未知の原子核であり、RIビームファクトリーでは、これらの原子核生成を世界に先駆けて高効率で達成することで、この仮説を実験的に検証できるものと期待されている