東京工業大学(東工大)は、約45億年前の火星誕生時に火星マントルに取り込まれた「水(初生水)」が地球と同様、現在は火星-木星軌道間に存在する小惑星帯を起源とすることを突き止めたと発表した。

同成果は、同大大学院理工学研究科地球惑星科学専攻の臼井寛裕 助教らの研究チームと、米航空宇宙局(NASA)ジョンソン宇宙センターのSimon博士、Jones博士、米カーネギー研究所のAlexander博士、Wang博士らが立ち上げた国際共同プロジェクトによるもの。詳細は12月1日付の欧州科学誌「Earth & Planetary Science Letters」に掲載される予定だ。

火星は地球から最も近い距離にある惑星で、かつ生命の存在条件を満たしているため、欧米を中心に数多くの探査研究が行われてきた。特に最近の調査により、約30億年より古い地質体を中心に多くの流水地形や多種類の含水粘土鉱物が広範囲に渡り相次いで発見されるに至り、火星はかつてその表層に液体の水が存在しうるほど温暖で湿潤な環境であったことが示唆されるようになってきた。しかし、生命の存在条件に支配的な影響を与える「水の起源」に関しては、統一した見解が得られていなかった。

そこで研究グループでは、火星の水の起源を明らかにするため、太陽系内での同位体組成変動が大きく、かつ水の主成分でもある水素同位体に着目し、研究を行った。水素同位体は太陽系内で大きな同位体組成変動を持ち、水の起源を同定する上で優れた化学的トレーサーであるものの、二次的変質や分析時の汚染の影響を受けやすいため、火星隕石をはじめとした地球外試料に関して、これまで信頼性の高い分析は行われてこなかった。

特に、前処理の際に隕石試料の固定で用いる石油化学系の樹脂が最も致命的な水素の汚染源として知られていたことから、臼井助教は、NASAジョンソン宇宙センターならびにカーネギー研究所と共同で、低汚染での水素同位体分析法として、石油化学系樹脂の代わりに液体インジウムを用い、真空下で試料を固定することで、樹脂からの汚染の影響を取り除く技術を開発。

火星の初生水は始原的な玄武岩質火星隕石中に含まれる20μm以下の微小なメルト包有物に保持されているため、局所同位体分析が可能なカーネギー研究所の二次イオン質量分析計を用いて水素同位体分析を実施。その結果、火星初生水の水素同位体は、地球のそれと同様の値を示し、地球と火星の水が互いに似通った太陽系小天体を起源とすることが判明したという。

具体的に、水の起源となった太陽系小天体は、従来の研究により示唆されてきた太陽系外縁(例えばオールト雲)で形成された氷を主成分とする彗星ではなく、火星-木星軌道間に位置する炭素質コンドライト母天体であることが明らかとなった。

火星は隕石試料が存在する唯一の惑星で、近年、特に2000年以降の火星隕石コレクションは量・種類ともに著しく増加している。研究グループでは、今回開発された低汚染での水素同位体分析法は、隕石を中心とした地球外物質試料への適用範囲が広いため、今回対象とした"火星の水の起源"に加え、生命の進化に重要な要素となる火星の「海」や「大気」を対象とした研究にも用いることができると説明する。

また、火星の水の起源である炭素質コンドライト母天体は、多くの有機物を含み、生命の起源として近年、着目されるようになっており、2014年に打ち上げが予定されている日本の小惑星探査機「はやぶさ2」も、この炭素質コンドライトの母天体と考えられる小惑星からのサンプルリターンを目指したものとなっている。さらに、NASAを中心に、火星における生命の痕跡を探す試みも精力的に行われており、今回の成果は、我々生命が太陽系内でいつ、どこから、そしてどのようにもたらされたのかといった生命の起源に関する根源的な問いに新たな知見をもたらすことが期待されるほか、そうした宇宙生物学の嚆矢となることが期待されるとコメントしている。

左が地球型惑星の"水"の水素同位体組成図。重水素/水素比(D/H)を地球の標準海水(SMOW)からの千分率で示したもの(δD)(地球上の多くの水はδDが0‰〈‰は千分率〉に近い値を示す)。火星の大気や表層水(■)は5000‰を超える高いD/H比を示すのに対し、マントルに含まれている初生水(▲)は地球と同様の低いD/H比(275‰)を有することが今回の研究により明らかとなった。地球型惑星の水の起源と考えられている、彗星(~1000‰)および炭素質コンドライト(-200から300‰)の水素同位体も合わせてプロットされている。
一方の右は火星隕石中に含まれるメルト包有物(赤矢印)の電子顕微鏡像。長径約20μm以下の楕円形をしたメルト包有物がカンラン石に取り込まれていることが見て取れる。(これらの図はUsui et al.(2012)を基に臼井 助教らが改変したもの。出典:東工大Webサイト)