産業技術総合研究所(産総研)は、超伝導検出器を搭載したX線吸収微細構造分光装置(SC-XAFS)を開発し、ワイドギャップ半導体である炭化ケイ素(SiC)の機能発現に必要なイオン注入された窒素(N)ドーパントの微細構造解析に成功したと発表した。
同成果は、同所 計測フロンティア研究部門 大久保雅隆研究部門長らによるもの。高エネルギー加速器研究機構(KEK) 物質構造科学研究所とイオンテクノセンターと共同で行われた。詳細は、Nature出版グループの学術誌「Scientific Reports」に2012年11月14日(現地時間)付けでオンライン掲載された。
SiCは、一般的な半導体よりバンドギャップが広く、化学的安定性、硬度、耐熱性などに優れているため、高温動作可能な次世代の省エネルギー半導体として期待されている。近年、大型の単結晶基板が作製できるようになり、ダイオードやトランジスタといったデバイスの市販が実現したものの、半導体をデバイスに仕上げるために必要なドーピングが不完全で、本来SiCがもつ省エネルギー特性を完全には活かせていない。
ドーピングは、微量不純物を母材の結晶格子中に入れ(置換)、電子が主に電気伝導に寄与する半導体(n型半導体)あるいは正孔が、主に電気伝導に寄与する半導体(p型半導体)にする工程のことである。SiCは、化合物であるため結晶構造が複雑であり、Siよりドーピングが難しい。さらに、ドーパントはホウ素、窒素、アルミニウム、リンといった軽元素であり、それらがSiC結晶中のSiサイト、あるいは炭素(C)サイトをどのように占めているかを計測する手段がないという問題があった。例えば、透過型電子顕微鏡では、母材を構成する軽元素と微量軽元素ドーパントの区別が困難である。ドーパントの格子位置を決定するには、元素特有の特性X線から特定元素のX線吸収微細構造を測定し、その元素の周りの原子配置や化学状態を調べられるX線吸収微細構造分光法(XAFS分光法)が有効という。しかし、これまで、母材中に大量に存在するSi、Cと微量軽元素の特性X線を識別することはできなかった。微細構造解析手段がないことは、ワイドギャップ半導体開発における障害だったという。
産総研は、工業製品の研究開発や科学の研究に使われる先端計測技術の開発、共用公開、標準整備を進めており、その一環として、超伝導計測技術を活用したSC-XAFSの開発に取り組み、2011年に装置を完成させた。Nは原子番号がCより1つ大きく、特性X線のエネルギーは392eVであり、Cの277eVと115eVの差がある。最新の半導体X線検出器のエネルギー分解能は50eV程度であり、この差より小さい。しかし、この分解能では、軽元素の量が多い場合には区別できるが、ドーパントのような微量軽元素の特性X線は、母材を構成する多量の軽元素からのX線に埋もれて識別できない。これに対し、産総研の開発した超伝導X線検出器は、半導体X線検出器の理論限界を超える分解能を有し、SiC中のNドーパントのXAFSスペクトルを測定できる。
このSC-XAFSは、KEKフォトンファクトリーのビームラインBL-11Aに設置され、2012年から、産総研先端機器共用イノベーションプラットフォームやナノテクノロジープラットフォーム事業 微細構造解析プラットフォームといった制度にて共用公開が進められている。日本のほかに、こうした先端計測分析装置を持つのは米国のAdvanced Light Sourceだけであり、主要な技術である超伝導検出器の開発まで行えるのは産総研だけという。一方、イオンテクノセンターは、SiCなどへのイオン注入技術や熱処理技術を開発して、ユーザーに提供してきた。
図1(a)は、超伝導アレイ検出器の各素子のエネルギー分解能値をヒストグラムにしたもの。半導体の50eVという限界を超える最高10eVの分解能を有する超伝導アレイ検出器により、大量にあるCと微量のNを識別し(図1(b))、第一原理計算との比較が可能な精度のXAFSスペクトルを取得することができた(図2(a))。
図1(a)酸素の特性X線に対する超伝導X線検出器のエネルギー分解能。(b)SiC中の微量ドーパントであるNを検出した例。大量に存在するSiC中のCのピーク(C)と微量なNのピーク(N)を識別することができる。(b)の挿入図は縦軸がリニアスケールとなっており、Nは微量であることが分かる |
また、500℃でNドーパントをイオン注入したSiCウェハ、およびイオン注入後に1400℃と1800℃で熱処理したウェハのXAFSスペクトルを測定すると(図2(a))、NがCサイトを占めていると仮定したFEFFによる第一原理計算結果(図2(b))と一致しており、Nはイオン注入された直後から、ほぼ完全にCサイトを占めていることが確認された。SiCへのドーピングでは、500℃という高温でのイオン注入が必要であるという経験的事実は知られていたが、その理由は不明だった。今回、明らかになったのは、高温での熱処理前にNがCサイトを占めておく必要があることである。
さらに、400eV以下におけるスペクトル形状から、イオン注入直後の結晶構造が乱れた状態では、CとNの間に化学結合が生じていると考えられる。高温での熱処理によって結晶の乱れが回復するとともに、この化学結合は消失し、ドーピングに望ましいNとSiの化学結合のみが残るようになる。このように、SiCへのドーピングでは、熱処理によりドーパント原子の格子置換を促進するだけでよいSiの場合とは全く異なる微細構造変化をともなうことが明らかになった。
今回の研究により、測定例がなかったSiCにイオン注入された微量Nドーパントの格子位置が決定されたほか、Nドーパントと母材のSiやCとの化学結合状態の変化が明らかになった。また、SC-XAFSと第一原理計算を組み合わせることで、これまで不可能であった、結晶中に存在する微量軽元素の検出と微細構造解析が可能なことが実証された。
研究グループでは、今回の成果についてSiC半導体のドーピングプロセス最適化への寄与が期待されるとするほか、今後はSiCに加えて微量軽元素が機能発現を担っているほかのワイドギャップ半導体や、磁性材料などの微細構造解析に応用していく予定とする。また、超伝導X線検出器の分解能や微量軽元素検出能力の向上を図っていき、SC-XAFSがカバーできる不純物濃度領域を拡大する方針ともしている。