東北大学は、農業環境技術研究所(農環研)との共同研究により、「一酸化二窒素(N2O)」還元酵素活性を強化した「ダイズ根粒菌」を進化加速によって作出し、温暖化ガスとオゾン層破壊ガスであるN2Oの土壌からの発生を抑制できることを実験室と野外圃場の両方で証明したと発表した。
成果は、東北大大学院 生命科学研究科 地圏共生遺伝生態分野の南澤究教授、農環研の秋山博子主任研究員、早津雅仁上席研究員らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、11月11日付けで英国科学誌「Nature Climate Change」オンライン版に掲載された。
N2Oは、二酸化炭素の300倍の温室効果を有するガスであり、深刻な地球環境問題であるオゾン層の破壊の原因物質でもある。N2Oの主要な発生源は農耕地で、日本の人為発生源の26%、世界では60%を占めている状況にあり、農耕地から発生するN2Oを削減する技術の開発が切望されている。
研究グループはN2O発生源の1つとして知られるダイズ畑を対象として、微生物によるN2O削減技術の開発に取り組んできた。ダイズには細菌の1種である根粒菌が共生し、根に根粒という共生組織を形成して、空気中の窒素を植物が利用できる形態に変換するという特徴がある。
東北大では、これまでの研究で、この根粒菌の中にはN2Oを窒素ガス(N2)に還元する酵素(N2O還元酵素)を持つものと持たないものがいることを明らかにしてきたほか、N2O還元酵素を持つ根粒菌が共生する根粒がN2Oを除去することも発見してきた。これらの研究過程で、N2O還元酵素活性を強化することによりN2Oの発生を抑制する技術を開発できるという着想を得たという(画像1)。
画像1。根粒が共生窒素固定で獲得した窒素は、根粒が老化すると硝化および脱窒過程でN2Oガスとして一部大気中に放出される。しかし、ダイズ根粒菌「nosZ+株」または「nos強化株」は、その発生を実験室レベルで低下させることが判明 |
一方、農環研では、温室効果ガスの自動モニタリング装置を世界に先駆けて開発。フィールドレベルでN2Oの精密な測定を連続して行う技術を確立し、さらに環境中の微生物をDNAレベルで追跡する手法の開発でも成果を得てきた。
微生物によるN2O削減技術の開発には、細胞レベルで起こる現象をフィールドで評価する必要がある。すなわち、ゲノムサイエンスからフィールドサイエンスに至る広範囲な研究手法を統合的に展開する必要があるというわけだ。
そこで、東北大と農環研が一体となり、N2O還元酵素活性を強化したダイズ根粒菌のnos強化株によるN2O削減技術の開発に取り組んだというわけでる。
ダイズ根粒菌のN2O還元酵素活性を高めることにより、N2O除去能力が高まることを室内実験系で証明できたことから、フィールドでの利用を目指して、「進化加速法」により、ダイズ根粒菌のN2O還元酵素活性が元株の7~11倍に上昇したnos強化株の作出に成功した(画像1)。
そして、このnos強化株を用いて実験室レベルでダイズを栽培し、N2O削減効果を持つことを明らかにしたのである。また、ゲノム情報に基づく改良株の検出法も考案された。
さらに、nos強化株の高いnos活性を利用したN2O削減能力の評価と実証のため、目的の根粒菌が形成した根粒かどうかを確認するためのゲノム情報による検定法が開発され、圃場での試験を行うための根粒菌の培養法と接種法が確立された。
これらを用いて、まずパイロットスケールでN2O削減能力を評価し、nos活性を欠いた土着ダイズ根粒菌が大多数を占める黒ボク試験区では、収穫後のN2O発生を43%削減することを示したのである。
次に圃場レベル規模の圃場でnos強化株を用いた試験を実施し、収穫後のN2O発生を47%削減することに成功した(画像2)。
近年、ヨーロッパ諸国がN2O還元酵素を使ったN2O削減の研究に着手するなど、世界的にN2O還元酵素利用の期待が高まっているという。そうした中で、N2O還元酵素を強化した根粒菌の育成や圃場規模での実証実験などは、今回の発表のように共同研究グループがリードしているとする。
研究グループは今後は、特にnos強化株のゲノム解析によるN2O還元酵素遺伝子の発現制御などの基礎学術的研究や、世界の圃場で通用する実用化技術に向けた研究を早急に進めたいとしている。